#05 変わる世界


屋上の広さは教室2つ分くらい。
大きな貯水タンクがあって、そこにできてる日陰に片瀬くんがいる。
片瀬くんは私たちに向かって笑顔で片手を上げた。
「久しぶり、陽菜ちゃん」
どうぞどうぞと座るスペースを用意してくれる片瀬くん。
「こんにちわ」
お邪魔します、と片瀬くんの傍らに座る晄人の横に腰を下ろした。
「智紀、馴れ馴れしい」
呆れ気味に晄人が片瀬くんに白い目を向けてる。
「なにが?」
「お前はサン付けでじゅうぶんだ」
「ケチだね、晄人は」
晄人の言っている意味がわからなくって二人の会話を黙って聞いてみた。
片瀬くんはふふと相変わらず爽やかな笑顔を浮かべてる。
「ねぇ、陽菜ちゃんって呼んでいいよね?」
片瀬くんが私に視線を向けて首を傾げる。
カッコいい片瀬くんがその動作をすると妙に可愛くって、ちょっとだけ顔が赤くなってしまう。
「え、うん。いいよ」
「ありがと。ほら、晄人いいってさ」
返事のかわりに晄人はため息をついている。
もしかして……私のことをどう呼ぶかって話だったのかな?
「陽菜ちゃん、俺のことは"智紀くん"でいいから」
「………」
いいのだろうか。
晄人とともに片瀬くんはすごく人気がある。
そんな彼を名前で呼んでいいのかな、と戸惑ってしまう。
「自分で"くん"付けで呼べとかいうか、普通?」
「陽菜ちゃんには、くん付けしてもらいたい気分」
「意味わかんねー。陽菜、こいつは適当でいいぞ? 生徒会長とでも呼んでおけ」
「えー。生徒会長? ま、そういうプレイのときはそれでも萌えそうだけど。できれば俺としては普段は―――……」
バシッと音が出る勢いで晄人が智紀くんの頭を叩いた。
「うぜぇ、智」
「本気で叩かなくってもいいだろー?」
「日ごろのストレス発散」
「ひでぇなぁ、アキちゃんはぁ」
「………」
なんだろう。
なんだか―――この前、この二人と一緒に帰ったときと雰囲気が違う気がする。
というか智紀くんってこんなキャラ!?
さっきのって……下ネタだよね……?
「アキちゃん言うな、ハゲ」
「ハゲっていうやつが将来ハゲるんだぞ、アキくん」
「まじウゼェ」
言いあいながらも二人はそれぞれお弁当を広げていっている。
なんていうか……いつも気軽な感じではあるけど、いつも以上にくったくのない智紀くんと、ウザイなんていいながらどこか楽しげに見える晄人に―――思わず吹き出してしまっていた。
二人がきょとんと私を見るから、慌てて手を振る。
「ごめんなさい。なんでもないの。……えと、すごく仲良いんだなぁって思って」
でも頬が緩むのを抑えきれないままで言うと、すぐに二人から言葉が返ってきた。
「腐れ縁なだけだ」
「ラブラブだからね」
晄人が真面目な顔で、智紀くんがにこにこ笑顔。
相反する返事だけど、それがまた可笑しくってたまらずに笑ってしまった。




それから三人でお弁当を食べ始めた。
食事は三食きちんとがモットーらしい晄人の家は毎日お弁当。そして智紀くんは―――。
「ええ? それ、智紀くんお手製なの?」
卵焼きを口に運んでいた途中、その手を止めて私はびっくりしてしまった。
男子高校生が作ったとは思えないくらい彩りよく盛り付けられた智紀くんのお弁当。
毎日じゃなくって週の半分くらいだけどお弁当をつくっているらしい。
「そう。俺の父親、シェフなんだよね。そのせいか俺も料理が趣味になって、お弁当も作ったりしてるんだ」
「そうなんだ」
それにしても本当に美味しそう。
というより……きっと私より智紀くんのほうが料理上手なんだろうなっていうのがわかって、女としてちょっと負けた気がする。
「俺、いい旦那さんになると思わない?」
にこにこしてる智紀くんに大きく頷く。
「うん。優しいし、ぜったいいい旦那様になれると思う」
「ありがとう。陽菜ちゃんは良い子だねぇ。よかったら食べていいよ?」
「え、本当に?」
智紀くんがお弁当を差し出してくる。
なんにしようかな、なんておかずを選んでいたら晄人の呆れたような声がしてきた。
「おい、智紀。餌づけするな」
「餌づけってひどいなぁ」
「陽菜、気をつけろよ? こいつの料理自慢には下心ありだぞ?」
下心?と、ポカンとしてしまう私のお弁当箱に智紀くんがさっと自分のお弁当箱から丸い形の揚げ物をのせてくれた。
「あ、ありがとう」
お礼を言いながらちらっと晄人を見る。
下心の意味はわかるけどいまの状況での理解はできなくって、食べていいのか迷ってしまう。
その視線に気づいたのか晄人は私を見て、小さく笑った。
「食べれば?」
「う、うん」
頷きながらも、本当にいいのかわからなくて揚げ物をじっと見つめてしまう。
―――ぶっ、と吹き出す声が聞こえて顔を上げたら智紀くんが笑ってた。
「ほら、晄人が変なこと言うから陽菜ちゃんが困ってるだろ?」
「事実だろ」
「んな晄人の彼女に手出すわけないだろ?」
「手出さなくても、お前の場合好感度を上げようとしすぎだ」
「なんだよー、好感度って」
「そのまんまだろ」
「ったく晄人はー。あ、ほんと陽菜ちゃん食べて? 下心は確かにあるけど変な意味じゃないからさ」
二人の掛け合いをただ呆気に取られて眺めてたら智紀くんが私に視線を向けた。
変な意味じゃない下心って?
ますます意味がわからないでいると智紀くんはまた吹き出して説明してくれた。
「晄人が昼くらいはゆっくり食べたいって言っててさ、だから俺たちいつも二人で昼飯食ってたんだよねー。でもやっぱ寂しいでしょ? せっかくなら女の子がいたほうがご飯もおいしくなるしね?」
だから―――と言いかけて、「どうぞ」、と食べるように智紀くんから促された。
智紀くんからもらったおかずを口に入れたら、チーズ入りのコロッケだった。
コロッケに下味がついてるのかソースかかってないのにしっかり味がして美味しかった。
「智紀くん、めちゃくちゃ美味しい!」
「ありがと〜」
嬉しそうに目を細める智紀くんは私がコロッケを食べ終えるのを確認して話を続けた。
「だからさ、こうして陽菜ちゃんが晄人の彼女のなってくれて、お昼一緒に食べれて俺としては嬉しいわけよ。こんな暑い日々に男二人じゃ煮詰まってしょうがないしね。ほんと陽菜ちゃんがいてくれるだけで春が来たみたいだよ」
うんうんと頷きながら智紀くんは私を見て晄人を見ている。
「やっぱり女の子は存在だけで癒しだよねー。あ、ほかにおかずいる? 食べたいのあったら言ってね? ……晄人いちいち睨むなよ。まあ、さっき言ってた下心ある餌づけっていうのはね? 俺の美味しいおかずで陽菜ちゃんを餌づけして、俺のお弁当目当てに毎日ここに来てくれて俺様晄人に嫌気がさしても、俺の美味しいお弁当目当てに晄人と末長く付き合おうと思ってくれたらなーっていうのが下心。ね? 別によこしまな考えじゃないよ?」
マシンガントークってこういうのを言うのかなと思ってしまった。
さすがに人前でよく話す機会が多い生徒会長の智紀くんは喋りによどみがなく、一気に説明してくれた。
内容は……わかるけど、正直いろいろと納得はいかないものだったけど。
それは単純に晄人の彼女に"なってくれて"じゃなく、"ならせてもらって"だったり。"嫌気がさしても"なんてこれからさきあるはずなく、逆に"嫌気がさされる"かもしれない。
なんていう、自嘲に似たものを覚えたのだけれど。
とりあえず、智紀くんの勢いに圧倒されつつ「うん」と頷いた。
そしてそれまで黙っていた晄人は大げさな溜息をつくと「うるさい、智紀」と言って、「晄人が変なこというから説明してたんだろ?」と智紀くんはあくまでもにこやかさを崩さずに返す。
私はそんな二人を眺めながら、また頬が緩んでしまうのを感じた。
「智紀くん」
二人とは前一緒に帰ったことあるけど、そのときよりもグッと距離が近くなった気がする。
それに、当たり前のことなんだけれど、2人のやり取りをみていると私たちと変わらない普通の高校生なんだなってしみじみと思ってしまった。
むしろそれがとても嬉しい。
「おかず、私のもよかったら食べて? 私のはお母さんが作ったものだけど」
晄人の親友だからとかではなく、友達になれたらと思って智紀くんにお弁当箱を差し出していた。