#04 友達のライン

「俺は優しくないから言っておくけど。いままでも付きあってきた女はいるけど、別に"恋愛感情"があったからじゃない。なんとなく、それだけ」
ひどい男なんだぞ、と彼は笑みを冷たくした。
「付き合ってもあんまり長続きしないしな。榊原の言ったように"好きじゃなくても"前提だったとしても、結局は女の方が"好きじゃない"って事実に嫌気がさしてくる」
去るものは、追わない。
暗に告げる声に、目を伏せる。
「―――榊原にはもっと別な男が似合う。ちゃんとお前だけど見てくれるような」
言ってる意味はわかる。
相手に気持ちがないのに付き合ってもらうなんて、普通に考えてもおかしい。
誰だって好きになったひとに好きになってほしいって思うし。
好きだといってもらえたらすごく嬉しいと思うから。
「……私は」
彼は手の届かない人。
最初から接点をもつのさえ奇跡みたいに思ってた。
平凡な私と、人気者の彼が付き合うなんて、ありえない。
好きだからって、みんながみんなうまくいくわけじゃない。
だから―――。
「私……」
だけど―――。
じんわりと滲んでいた汗が首筋を伝い流れていくのを感じた。
そこでいまさら、ああ蒸し暑いって思った。
本当にいまさら、クーラーがついてないんだって気づいた。
彼に会えたことが嬉しくって、暑さなんて気にならないくらい、浮かれてたらしい。
「私、松原くんのことが好き」
叶わない恋だと知っていても。
「松原くんが私のこと好きじゃないってこともわかってる」
彼と噂になった女の子たちはどんな気持ちだったんだろう?
きっと軽い気持ちでっていう子もいただろうし、本気でっていう子もいただろう。
自分が同じ立場になって、改めて彼との距離が遠いことを感じる。
「松原くんにとって、好きでもない私と付き合ってもなんのメリットもないってわかってる」
言いながら、窓を開けた。
思いがけず外の空気は予想よりも暑くなくて、生温い風が部屋に入ってきた。
「私が松原くんにしてあげられることなんてなにもないかもしれない。だけど」
彼は黙って私を見ている。
「……だけど……私のわがままだけど、松原くんの傍にいたいの。松原くんの隣にいると……」
ひどく心の中は落ち着いていて、勝手に動く口に内心可笑しく思う。
「なんだろう、すごくドキドキして、とっても……毎日が楽しく感じられるの」
好きになったら辛いこともたくさんあるんだろうけど。
でも、いま私は悩みながら、迷いながら、叶わないことが苦しいけれど、それでも彼を想わずにはいられないから。
真っ直ぐに彼を見つめて、そして頭を下げた。
「だから……お願いします。私と付き合ってください」
告白したのは生まれて初めてで、こんな告白でいいのだろうかよくわからない。
自分の気持ちは全部伝えたから、私はずっとうつむく代わりに頭を下げていた。
そして、しばらくして彼の呆れたような声が聞こえてきた。
「顔、あげろよ。頭下げるのとか勘弁して」
苦笑混じりの言葉に、ゆっくり顔を上げる。
目が合った彼は大きな溜息をついた。
やっぱり―――だめ、だよね。
「お前って意外に強いんだな。すぐに諦めるかと思った」
テーブルから離れて彼が私の傍に来る。
人ひとり分ほどの距離をあけて立ち止った彼を見上げた。
「そんなに、俺のことが好きなんだ?」
私を見下ろす彼は無表情で、なにを考えているのかわからない。
頬が熱を帯びるのを感じながら頷いた。
「ふーん」
「………」
沈黙が落ちて、数秒。
「いいよ」
彼の声がした。
「………」
「………」
「………え?」
「いいよ、って言ったんだけど?」
ぽかん、ときっと大きく口をあけてしまってる私。
理解できなくって彼を見つめると、彼は―――ふっと表情を崩して笑った。
「え、と。あの。意味が」
「……おい。ギャグか? お前さっきまでなんの話してたんだよ」
彼が呆れたように、でもおかしそうに目を細めてる。
「……告白……してた、けど」
「だから、付き合うと俺が言ってる。わかったか?」
なんだろう。
告白する前よりも、ひどく砕けたような、そしてちょっと上から目線っぽい……俺様っぽい、口調。
「う、ん?」
わかってる。
だけど、信じられなくってガクガクと首を縦に振るとゲラゲラ笑いだす彼。
「ほんっと変なヤツ。さっきまで強気で攻めてたくせに、なんでいきなりボケてんだよ」
「……え、いや、べつにボケてなんて」
「それともやっぱりやめとくか?」
「え? や、やだ! 付き合って!」
あっさりと身を翻そうとした彼の腕をとっさに掴む。
彼は首だけ振り向かせてニヤッと笑った。
「了解」
ほんとう、なんだろうか。
「ああでもさっき言ったことも忘れるなよ?」
「え」
「俺、たぶんマジで好きとかはなんないから」
「う、うん」
「それでいいなら、だぞ」
「う、うん」
「いいんだな」
「いいですっ」
勢いよく叫ぶと、彼はまた笑いだした。
「じゃ、よろしく。―――陽菜チャン」
彼の腕をつかんだ私の手を彼が引き剥がし、その手に握手された。
直接触れ合った掌から伝わる熱。
そして初めて呼ばれた、私の名前。
「よろしく、お願いします」
ゆであがってしまいそうなくらい顔が熱くなってしょうがない。
ふわふわと夢みたいで、信じられなくって―――信じられない。
ぼうっと彼を見つめてると、彼は首を傾げ握手したままだった手を、繋ぎ直した。
「んじゃ、帰るか」
そう私の手を引っ張る。
「あ、うん」
私の手を握ったまま「窓」って呟いて窓を締めて、カーテンも締めて。
そして引っ張られたまま、生徒会室を出た。
手は繋いだまま―――私たちは一緒に帰った。
他愛のないことをずっと喋りながら。


7月7日、七夕。彼の誕生日。
私が初めての告白をして、一旦は振られた日。
私は―――晄人と付き合うことになった。