#05 変わる世界

朝の学校は平凡な毎日と変わらない。
騒がしくって、教室に入ると宿題の話やテレビの話やどこかの噂話や恋バナが溢れてて、いつもと変わらない。
だから―――夢なんじゃないかって、思えてしまう。
自分の席に着いて、鞄を机の横に下げて。そして携帯を取り出す。
メールボックスを開いて、一件の受信メールを見て―――ああ夢じゃなかったんだ、って顔が緩んでしまう。
昨日の放課後、私の携帯にひとりメモリが増えた。
それは晄人の名前。
手を繋いだまま校舎を後にして、駅へと向かって、ホームで晄人が携帯を出してきた。
その時の私は思考がふわふわしててはっきり言って駅までの道のり晄人となにを喋ってたのか思い出せない。
たぶん晄人が喋っていたことに「うん」とかそんな返事ばっかりしてたんだと思う。
『アド、交換しよう』
晄人に言われてぽかんとしてしまった私に、晄人が吹き出して。
『俺らカレカノなんだろう?』
って、繋いだままだって手を見せられた。
うんうん頷く私は携帯を取り出して、番号を交換した。
晄人の名前が電話番号がメアドが私の携帯に登録されてる。
それだけでも信じられない。
『俺は彼氏様だからな、0番な?』
悪戯気に晄人が笑って、本当に0番に登録してあった。
晄人は前と同じように私が降りる駅まで一緒に居てくれた。
そのうえ家まで送るって言ってくれたんだけど、さすがにそれは申し訳ないから遠慮。
『んじゃ、遅くなったときはちゃんと送るからな』
そんなことを言ってくれる晄人に、本当に夢なんじゃないかって思って、晄人と別れて家に帰るまで、ううん家に帰ってからもずっと頬をつねったりしてた。
家でもぼうっとしてる私の携帯が鳴ったのは夜の10時くらいだった。
メールの受信で、開くと送信者が晄人の名前。
それだけで心臓が壊れてしまうくらいドキドキして、だけどちょっと不安にもなってしまう。
実はからかっていただけ、なんていうメールだったら。
そんな被害妄想しながらメールを読んで。最後は自分でも気持ち悪いくらいににやけてしまっていた。
『今日からよろしく、彼女サン。ちゃんと寝ろよ、陽菜』
それだけ。
絵文字もなんにもなかったけど、シンプルだけど、どうしようもないくらいに幸せでしょうがなかった。
飽きることなくそのメールを眺めてると急にポンっと肩が叩かれて大げさなくらいビクッとしてしまった。
「おはよう、陽菜!」
とっさに携帯を折りたたんで、顔を上げる。
「お、おはよう。なっちゃん」
内心さっきの不意打ちにドキドキ心臓を鳴らしながら笑顔を向けた。
途端になっちゃんは目をしばたたかせると前の席の椅子に座って首を傾げた。
「なんか、いいことあった?」
「……え」
思わず頬に手を当てる。
そんなに顔に出てたのかと思ったから。
「なになになにー!? なにがあったのよ!」
興味津津で訊いてくるなっちゃんに顔が熱くなっていくのを感じる。
実は晄人と付き合うようになったんだ―――って、言ったら驚くだろうか。
きっと驚く。
でも……もしかしたら、とふと不安がよぎった。
応援してはくれてたけどもともと晄人のことを良くは思ってなかったなっちゃん。
まさか私と晄人が付き合うようになるなんて思ってもみないだろうし。
もし……知ったら、喜んでくれるんだろうか。それとも?
それに―――……晄人と付き合っているということを話していいのだろうか。
私なんかと付き合ってるって、周りに思われていいのかな。
なんて、すごくマイナスな感情が沸き上がってきて、どう答えればいいのかわからなくなる。
「どうしたの?」
と、なっちゃんが私の顔を覗き込む。
どうしよう、と迷って迷いまくっていたら、急に教室の中が騒がしくなった。
女の子たちの甲高い声がやけに響いている。
なんだろう?
不思議に思っていると、目の前のなっちゃんがぽかんと口を開けて、そして私の横に誰か立つ気配がした。
自然と顔を上げようと動く私の耳に飛び込んでくる声。
「陽菜」
当たり前のように呼ばれた名前。
昨日の放課後から呼ばれ始めたそれにまだ慣れることなく、心臓が激しく動きはじめる。
同時になっちゃんはもちろんまわりからの視線を強く感じた。
「おはよ。ちょっと今いいか?」
だけど晄人は視線なんて気にする様子もなく私に話しかけてくる。
表情は柔らかで、その目は私だけを見ている。
「……う、うん」
「悪いけど、ちょっと付き合って欲しいとこがあるんだ」
晄人はそう言って私に手を差し出してきた。
「………」
この手を掴まなくちゃいけないんだろう、きっと。
わざわざ手を差し出してくれたことが嬉しい半面、いまだに唖然としてるなっちゃんと、突き刺さってくる視線にヘタレな私は動くことができないでいる。
「陽菜?」
晄人は少し首をひねると、私の手をつかんだ。
「ホームルームまで時間ないし、行くぞ」
引っ張られて慌てて立ち上がる。
そのまま手は繋いだ形に変化して、まわりから「えー?!」っというクラスメイトの女の子たちの声が聞こえてきた。
「あ、なっちゃん、ちょっと行ってくるね」
さらに唖然としてるなっちゃんに声をかけると、晄人がなっちゃんに視線を移した。
「"なっちゃん"、陽菜借りてく」
晄人の言葉にぽかん、大きく口を開いたなっちゃんは、小刻みに頭を縦に振った。
「…………ん、うん、はい」
「………」
なっちゃん……あとでちゃんと話すね。
心の中で謝罪しながら、晄人と手を繋いで教室を出た。
途端今度は廊下にいた女子たちから視線や戸惑いの声を受ける。
いままでこんなに注目を浴びることなんてなかったからひどく緊張してしまう。
「……晄人? どこ行くの?」
昨日、付き合うことが決まったあと『松原くん』と呼んだ私に、『名前で呼べ』って言われた。
『晄人』なんて、呼び捨てなんてできないって固まった私に、晄人は、
『別に呼べないならいいけど、なら俺も榊原サンって呼ぶけどいいか?』
なんて、意地悪そうな笑みを浮かべて。
それで私は折れた。
でも本当は名前で呼んでみたかった。
それに名前で呼んでもらいたかった。
だから、かなり小声になってしまったけど、がんばって名前を呼んだ。
『……晄人って呼ぶから』
ぼそぼそと顔を真っ赤にして言った私にニヤッとしてる晄人を見て……。
うすうす気づいてはいたんだけど、絶対に晄人はSだななんて思ってしまった。
「俺にファンクラブあるの知ってるか?」
昨日のことを思い出していた私に晄人の声がかかって、我に返って晄人を見上げる。
「うん」
「俺に彼女ができたときはそのファンクラブに連絡するようになってるんだ」
「………え?」
思ってもみなかったことに驚くと、晄人は苦笑してみせた。
「なんかよくわかんねーけど、ファンクラブに彼女だと紹介しておけばいろいろ面倒なことを処理してくれるらしい」
……面倒なこと?
疑問が顔に出ていたのか晄人は続けて説明してくれた。
「簡単に言えば彼女の味方になってくれるらしい。やっかみやもろもろ、"彼女"さんに被害がでないように守ってくれるそうだ」
「………すごいんだね」
思わず呟いてしまう。
でも確かに……やっかみとか………嫌がらせとかありそうな気はする。
晄人は本当にモテるから。
現にいまだって好奇の視線に混じって、冷たく突きさすような視線も感じるし。
「大げさだろ? だいたいファンクラブってなんだよって感じだろ?」
ため息混じりに乾いた笑いを吐く晄人。
「……でもファンクラブがあるの、わかるよ」
繋いだ手から伝わってくる暖かさ。
こうして晄人の手を握っているのが今この瞬間でさえ信じられない。
つり合いがとれてるなんてまったく思えないほど、晄人はカッコいいから。
「へぇ。まぁそっか。陽菜チャンは、俺のことが大好きだもんな?」
きっと妬みでいろんな噂もされちゃうかもしれないけれど、しっかりしなきゃ。
そう考えていた私の顔を晄人が覗き込んで、からかうように目を細める。
「……っ」
恥ずかしくって視線を逸らせた。顔が勢いよく熱くなってしまう。
そんな私をにやにやと晄人が笑っているのがはっきりわかって、改めて実感した。
本当に―――この人、Sだ。
でもそれでも、そんなところも、好き、なんだけれど。
なんとなくぎゅっと……ちょっとだけ繋いだ手に力を込めてみた。
好きです、っていうかわりに。
それが伝わったのか、そうでないのかわからないけれど応えるように軽く握り返された。
そして晄人が立ち止って、
「西宮、呼んで」
到着したその教室の廊下側にいた男子に声をかけているのを聞いて―――。
あ……、と思った。
そうだ。ファンクラブの会長は西宮さん。
駅で彼女と喋ったときのことを思い出して―――、一気に不安になってしまった。