#04 友達のライン

「そういや、俺今日誕生日なんだよな」
―――たぶん、きっと話題を変えてくれたんだろう。
だけど新たな話題は、今日の私にとっては重要なことで、それまでの憂鬱さなんて忘れて顔を上げていた。
途端に私を見てたらしい彼と目が合って、わずかに視線をずらす。
「……そうらしいね」
「知ってた?」
「女の子たちが騒いでたから」
「ああ」
ふっと笑う彼を盗み見ながら、意識は鞄の中のプレゼントにいってしまう。
渡せる、かな?
どうなんだろう。
「……プレゼントって受け取らないの? クラスメイトがそう言ってたけど」
予防線を張るように、そんなことを訊いてしまう。
「友達からなら受け取るけど。それ以外は受け取らないな。キリないし。それにタダより高いものはないっていうだろ?」
「………松原くんモテるもんね」
やっぱり、受け取らないんだ。
―――……私は、友達? ただの知り合い、になるんだろうか。
「そう、モテすぎてさ、結構大変」
悪びれもなく口角を上げる彼に、私は曖昧に笑いながら鞄をぎゅっと握りしめた。
たとえ単なる知り合い程度でしかなかったとしても、彼から誕生日だと言ったのだから流れ的にプレゼントを渡してもいいように思えた。
だけど……。
それでも受け取ってもらえなかったら落胆は目に見えてる。
だけど……。
あのお菓子なら受け取ってもらえそうな気がする。
不安の割合のほうが多いけど、ほんの少しの勇気を振り絞って鞄から薄い紙袋を取り出した。
「……あの、松原くん……これ」
「うん?」
「あげる。誕生日プレゼント。………お誕生日おめでとう」
きっと、というより確実に顔が赤くなってしまってる。
それに差し出した手は微かに震えてしまってるし、ものすごく恥ずかしい。
「え……。なんか俺、催促したっぽくないか?」
苦笑しながらも彼の手はまだプレゼントを手にしていない。
「あの……実はこの前たまたま松原くんの誕生日が今日だって知って、買ってたの。で、でもね! その、この前もらった5円チョコのお礼っていうか……」
拒否されるのが怖くて、馬鹿みたいにいい訳を口にする。
「5円チョコの礼って。だってあれがハンカチ借りた礼だぞ?」
「そ、そうだけど。とりあえず上げる! ほんとうに大したものじゃないから!」
ぐっと彼の手にプレゼントを押し付けた。
彼はそれと私を交互に見る。
「本当に……ほんっとうに、大したものじゃないの!」
言葉通り、中身は単なるお菓子。それもバカみたいな。
だけどラッピングはちゃんとした。可愛い袋に入れて、ちいさなリボンをつけた。
正直ラッピングのほうが高かったくらい。
「―――ありがとう」
そう言う彼の声が聞こえてきたのはほんの数秒後のこと。
その言葉の意味にハッとすると、目が合った彼は「開けていいか?」と訊いてきた。
「うん。……でもあの、本当に……たいしたものじゃないから」
「そこまで言われると逆に気になるな」
軽く笑いながら彼はラッピングをとく。そして袋の中から―――お菓子を取り出した。
その瞬間、彼が動きを止めた。
まじまじとお菓子を見つめる彼を見て、いまさらながらに後悔。
言葉だけじゃなくプレゼントを贈りたかったけど、実際彼がソレを手にしているのを見ると……自分のあほさに激しく恥ずかしくなる。
「………これ」
ぽつり呟いた彼は、次の瞬間ゲラゲラと笑いだした。
「………」
やっぱり笑うよね。
机に突っ伏して身体全身を震わせて笑っている彼。
かける言葉なんてなくって、ただひたすら恥ずかしくて逃げたくさえなってしまう。
「な、なんでコレ?」
爆笑しながら彼がちらり顔を上げる。
眠気じゃなく笑いでまた目の端に涙が浮かんでいるのを眺めながら、ぼそぼそと答えた。
「あ、あの……もらったのが5円チョコだったでしょ? それでたまたま買い物に行ったときに駄菓子屋さんみたいなお店があって」
懐かしい駄菓子屋さんを復元したみたいなお店。そこで見つけたお菓子。
「えと……それで、それ見つけて。……硬貨つながり……みたいな」
私の説明を聞き終わるなり彼はまた激しく吹き出して笑いだす。
「硬貨繋がりって! お前……っ、面白すぎっ!!」
笑い死ぬ!、と身を捩る彼に―――正直そこまで笑う!?ってちょっとだけムッとする。でも"お前"っていう言葉がすごく身近に感じてドキドキしてしまう。
「久々見た! 50円チョコなんてまだ売ってんだな」
……そう。私があげたのは決して50円玉と同じ大きさなんかじゃない、やたら大きいニセ硬貨のチョコ、50円チョコだった。
「懐かしいでしょ……? でもね! 松原くんが5円チョコくれたから、それが目についただけだからね! 50円チョコなんてプレゼントであげたの松原くんが初めてだから!!」
恥ずかしさで必死になってると、松原くんは一層笑ってしまう。
「んなに焦んなよ。誰も50円チョコを配ってるなんて思ってないから」
笑いを静めようとしているけど顔は緩んだままの彼に、拗ねたような気分を覚えながら―――結局は嬉しくて私の顔も緩んでしまう。
もっと、その笑顔を見ていたい。
誰かに向けた笑顔じゃなくって、私に笑いかけてほしい。
彼の瞳に映りたい。
そんな想いが膨らんでくる。
「んじゃ、ありがたくいただきます」
楽しそうに声をたてて笑いながら彼は50円チョコの袋を開けて、掌くらいあるチョコを取り出した。
「平成100年ってなんだよ」
50円チョコの表面に書いてあるのを見て、少し治まってた笑いが激しくなってる。
ぱくりとそのチョコを咥えて、袋から一枚の紙を取り出した。
「前からスクラッチ入ってたっけ?」
チョコを食べながら、彼が紙を見せてくれる。
3か所擦ってマークが揃えば1000円分の商品券がもらえるらしい。
「……さあ?」
50円チョコなんて小学校の低学年くらいのときしか食べたことない。
懐かしさに彼がスクラッチを削って行くのをそばで眺める。
「………お」
「………あ」
そしてスクラッチは―――あたりだった。
顔を見合わせる。私は驚いて、彼はニヤッと笑った。
「さすが俺。すごい強運じゃないか?」
「………でも私が買って来たから、私の運のような」
「……でも俺が開けたから、俺の運だろ」
「………」
ほんの少しだけ拗ねたような声になった気がした。
珍しい、というか私にとっては初めて見る彼の表情の一部にときめいてしまいながら苦笑した。
「そうだね。松原くんの強運だね」
わざと棒読みで言ってみると、彼は睨むように私を見て、笑った。
「うそだよ。ありがと。1000円分の商品券で50円チョコ買うよ」
「1000円分?」
「そう。で、半分は榊原にやる」
「いいよ!」
「いいからいいから。もともとのプレゼントにプラスαなんだから、その半分はお前のだよ」
遠慮するな、と言う彼は食べかけのチョコを思い出したように一欠けら砕いた。
「はい」
その一欠けらを渡される。
「おすそ分け」
いまさっき私が上げたばかりのチョコ。
松原くんに食べてもらうために上げたものだけど―――気を使ってくれる彼の心が嬉しくて「ありがとう」とその欠片をもらった。
高級チョコとは違う一般的なチョコの味。でも私にはいままで食べたどれよりも甘く感じた。