Bitter Sweets
09 - 12月12日 なぜかデート?です


「足早いよ!」
 美冬は小走りで玲に追いつき、肩を並べた。
「足短いからだろ」
「……短くないよ!」
 美冬が叫ぶと、玲がちらり観察するような視線を下へと向けてくる。そして何を言うでもなく鼻で笑う。
「ちょ、ちょっと! なんかすごいムカつくんだけど!!」
「うるさい、小学生」
「なにー!?」
 ぎゃーぎゃー文句を言いあいながら二人はフェアリーへと到着した。
 玲が当たり前のようにドアに手をかける。だが、ふと我に返ったようにその動きが止まった。
「どうしたの?」
 きょとんとして美冬が声をかける。玲は何故か眉を寄せて美冬を見、なにか考えているようだった。
 数秒して、大きなため息をつくと「なんでもない。ま、大丈夫だろ」とぶつぶつ言いながらドアを開けた。
 カランカランと鈴が鳴る。
「「いらっしゃいませ」」
 透き通るような女性の声と、ダンディーな男性の声が揃って出迎えた。
「あら、玲じゃないの」
 ずんずん中に入っていく玲にカウンターの中の女性が声をかける。
 パステルピンクのフリルたっぷりなエプロンをまとった女性は玲とよく似た美人。30代くらいにしか見えないが、きっと母親なのだろう。
「そういえば和くんとランチに来ると言っていたなぁ」
 その女性の傍らにたつ男性は玲とは違って穏やかな笑顔をたたえている。渋い、という言葉がぴったりな40代くらいのオジサマだった。こちらもきっと父親だろう。
「ランチふたつ」
 カウンター席に腰をおろしながら玲が言う。
 美冬もあとについてその隣に座ろうとしたとき、「え? 玲の?」と女性が驚きの声を上げた。
「おや玲が女の子を連れてくるなんて珍しいな。はじめまして、玲の父の光之です。こっちは妻の奏です」
 男性―――光之がにこやかにあいさつをしてきた。
「は、はじめまして。五十嵐美冬です」
 ぺこりと頭を下げる。
「美冬ちゃん! まぁ外見と同じで可愛い名前ねぇ!! 私のことは奏って呼んでね! まぁまぁ! 玲が彼女を連れてくるなんて!!!」
 光之が出してくれた水を飲みかけていた美冬は奏の言葉に噴き出しかける。
「彼女じゃねーよ」
「彼女じゃありませんっ」
 玲と美冬と同時に叫ぶ。
 奏は目をしばたたかせて、がっかりとしかいいようのない表情をしてうなだれる。
「なんだぁ、違うの? 玲ちゃんの彼女見てみたかったのに。ねぇ、美冬ちゃん、玲のことどう思う?」
(……いま玲ちゃんって)
 内心思わず笑ってしまいながら、美冬は問われた内容にハッとする。
「ど、どう思うって、え、えっと。あのまだ私たち知り合ったばかりなんです」
 しどろもどろに答える。言ったそばから自分が言ったことが微妙な気がしてくる。
(知り合ったばかりだからなんだっていうのよー!?)
「まぁそうなの。でも知り合ったばっかりでも、この人ダメだわー、とか、ダメじゃないーとか、まぁアリかもーとか、いいかもーとか、好きかもーとか………ならない?」
 にっこり、と奏が身を乗り出して聞いてくる。
(ならない、もなにも。考えたことないし!!)
 困って玲のほうを見ると、我関せずといった雰囲気で一人雑誌を見ている。
(このヤロー! アンタの母親に絡まれてんのに、放置するなー!)
「玲って、母親の私が言うのもなんだけど、結構顔だけはいいのよね。どう? どう?」
 言葉につまっている美冬にさらにたたみかけてくる奏。
(顔だけは……って)
 それ以外はどうなんだ!?と、思うも問い返すことなんてできるはずない。
「えっと、あのその。玲くんはすごいいい人だとオモイマス」
 一応母親相手だから、美冬は思ってもいないことを言ってみた。
「まぁ! そう!? よかったわね、玲! 脈アリよ! もうコクっちゃいなさい!!」
 バシバシとカウンターを叩きながら奏が言う。
 玲は一瞬視線を上げると、「ウルセー」と呟き、また雑誌に視線を落とした。
(おーい! それで終わりかーい!)
 ヘルプミー!!と横目で玲を見つめる美冬。だがもちろんその願いがかなうはずもない。
「奥手な息子でごめんね、美冬ちゃん。でも大丈夫! 二人のことは私が責任を持ってまとめるから!」
(いやいやいやいやいやいや! 意味わかんないんですけど!!)
 一人ヒートアップしている奏についていけず、ただ薄ら笑いしか美冬は浮かべることができなかった。
「おふくろ、ウザイ。やっぱ別の店行けばよかった」
 冷ややかな玲の声。
 店に入る直前躊躇っていたようだったのは、もしやこの状況になることを察してのことだったのだろうか。
 チラチラと玲、奏へと視線をさまよわせていると、
「奏。あまり困らせるんじゃないよ」
 光之のたしなめる声が響いてきた。
 手にはランチプレートが二つ。
「はい、どうぞ」
 笑顔を向け、光之が美冬と玲の前にランチを置く。そしてミネストローネ。
 今日はロコモコにポテトサラダ添えだった。
「美味しそう!」
 さっきまでの戸惑いも忘れ、一気にテンションが上がる。
「さぁさ、召し上がれ」
 奏も一旦落ち着いたのか、笑顔で食事をするように促してくれた。
「「いただきます」」
 ちょうど玲と声が合わさって、美冬はロコモコを口に運んだ。
「おいし〜い!!」
 ほっぺがおちるような美味しさに頬が思わず緩む。
 光之と奏はそんな美冬を優しい笑顔で眺めていた。


「はぁ……美味しかったぁ……!」
 食後に出されたロイヤルミルクティーをゆっくりと美冬は飲む。
 美味しいロコモコに、スープに、そしてデザートはミニケーキが乗ったフルーツパフェ。
 大満足で眠気さえ感じてしまう。
「美冬ちゃんのように美味しそうに食べてもらえると、とっても嬉しいわぁ」
 にこにこと奏が目を細めている。
「だって、本当に美味しかったから! もー常連になっていいですか!?」
「もちろんよー! いつでも来て!! 大歓迎だから♪」
「ありがとうございますー! 今度は友達も連れてきますねっ」
「うん、ぜひ来てね。それと玲の彼女としても大歓迎だから♪」
「………」
 そこは乾いた笑いだけを返しておいた。
 光之はそんな光景を楽しそうにながめながら食器を拭いている。
 そしてずっと雑誌を読みながらコーヒーを飲んでいた玲が立ちあがった。
「そろそろ出るぞ」
「え? あ、うん」
「もう行っちゃうの?」
 奏が残念そうに上目づかいで美冬を見てくる。
「うるさくてゆっくりできねぇ」
(私もまだ居たいなー……)
 そう思うも、玲は「行くぞ」と有無を言わさず店を出ていく。
「あ! お金!」
「いいわよー。今日の分は玲につけておくから。またね、美冬ちゃん」
 ばいばーいと奏と光之が手を振る。美冬は会釈すると「また来ます!」、そう叫んで玲のあとを追った。