Bitter Sweets
12 - 12月13日 ケーキの試食はイケメンふたりと。その2


 テーブルには出来上がったミルフィーユとホールのチョコレートとクランベリーが二層になったムース。どちらもクリスマスデコレーションされている。
 美冬はケーキナイフを握りしめてイスからわずかに腰を浮かせて立っていた。
「緊張するー!」
 ドキドキ逸る胸に声を上ずらせると、向かいに座る男二人は片方は冷笑し、片方は楽しげに笑う。
「いい加減にさっさと切れよ」
 うんざりしたように玲が言った。
 美冬はケーキカットしたいと自ら言ったものの、綺麗にデコレーションされたケーキをうまくカットできるかと緊張しているのだ。
「わかってるよー」
「みーちゃん、リラックス」
 頬を膨らませる美冬に、優しく声をかける和人。
 美冬は小さく頷くと、とりあえず切り分けやすいムースのほうを切り分けた。
「…………おい」
 ムースは5号サイズのホール。
 美冬的には綺麗にカットし、皿に乗せてそれぞれに配ると、玲が低い声をだした。
「ん?」
「なんで3分の1カットなんだよ!」
「え、3人だから?」
 きっちり3等分になるように心配ってカットしたというのに玲は不満そうだ。
「こんなに食べねーよ。6等分しろ!」
「6−?! 少なすぎでしょ!!」
「とりあえず切り分けてから、好きなだけ食べればいいだけだろ!」
「……あー」
 そういわれればそうだ、と美冬は誤魔化すように軽く笑う。
 呆れたような玲のため息を聞きながら、今度はミルフィーユにナイフを入れる。
(これは長方形だし……分量的に言って4等分くらいがジャストサイズなはず!)
 玲に文句を言われないようにと考えながらザクッとパイを切る手に力を込めた。
「あああっ!」
 力任せにナイフを入れたせいかグシャリと崩れるパイ。
「「………」」
 男二人はもう何も言わずにただ黙って切り分けるのを見ている。
 無言の玲からの圧力を感じつつ、不格好にカットされたミルフィーユをようやくとりわけ終えた。
 そしてようやく試食。
「「「いただきます」」」
 パチンと手を合わせ、美冬は嬉々としてフォークをミルフィーユにさす。
「……おいしー!!!!」
 カスタードだけでなくチョコカスタードも挟んであったらしいミルフィーユは絶品でどうしようもなく頬が緩まる。
「ほんと美味しそうに食べるね、みーちゃん」
 一口二口三口……と、休む間もなくバクバク食べ進める美冬に和人が微笑む。
「だって本当に美味しいし! アキ天才!」
 もごもごと食べながら叫ぶ。
「……食いながら喋るなよ」
 ため息をつきながらも、玲は褒められたことがまんざらでもなかったのか珍しく柔らかく笑う。
「なーんか、ほんといい雰囲気だねー」
 ぼそりと和人が呟いた。だが紅茶に口をつけながら言われた言葉は美冬には認識できなかった。
「ねぇねぇ。クリスマスケーキって私も注文できる!?」
 ムースのほうも食べ、落ちそうになる頬を押さえて美冬はケーキを見てからずっと浮かんでいたことを聞いてみた。
 クリスマスは美冬の好きなケーキ屋で予約している。だが玲のケーキのほうが美冬にとっては美味しく感じた。
 玲は少し考えるようにしたが「別に大丈夫だけど」と呟いた。
「ほんと!? じゃぁお願いしますっ! 私なんでも大好きだから、どんなケーキでもオッケイ!!」
 勢いこんで言うと、「わかった」そう短く返事が返ってくる。
 クリスマスの楽しみが一つ増えテンションが上がっていく。
「クリスマスかぁ……。みーちゃんは予定あるの? そういえばカレシは?」
 和人からの問いに思わず頬がひきつる。
「彼氏? 今はいないよ〜。クリスマスは由宇とお祝いするよ」
「今は、っていうか、ずっとだろ。どうせ」
 笑いを含んだ横やりに、美冬はムッと玲をにらむ。
「今は!です! そういうアキは? 和人は彼女と過ごすの?」
 イケメン二人、考えたことなかったが彼女がいたっておかしくないのだ。いやいないほうがおかしいだろう。
(でもアキに彼女って想像つかないな。優しくしたりするのかな?)
 紅茶を飲みながらそっと玲を盗み見る。
「俺もアキも“今は”彼女いないよ。っていうかさ、俺も混ざりたいなー、由宇ちゃん達とするクリスマスパーティ」
「え?」
「だめ?」
 上目づかいで見つめてくる和人。妙な色気があって、美冬は視線を泳がせた。
「ダメじゃないんだけど、24日に由宇の家でするんだよねー……」
「そっかぁ」
 言いながら和人はケータイを取り出して何かを見ている。
「今年は25が金曜か……」
 どうやらカレンダーを見ているらしい。ぼそり呟いた和人はにこり笑顔で再び美冬を見つめた。
「25日は空いてるの? 24日終業式だよね。25日にさ昼からパーティしようよ。25日もクリスマスなんだからさ?」
 あ、門限とかある?、と付け加えながら和人が話を進める。
「門限……11時くらいまでに帰れば大丈夫だと思うけど」
「じゃあ、しようよ。みんなでパーティ。ここで♪」
「はぁ!?」
 それまで黙っていた玲が横目に和人をにらむ。
「ケーキはアキが用意するし。料理はチキン買ってきてもいいし、ピザとってもいいしさ。パーっと騒ごうよ」
 和人の提案に美冬はだんだんとワクワクしてくるのを感じた。
「うん!! パーティしよう! わー、こんな綺麗なマンションでホームパーティとか楽しみ〜! 由宇にメールしてみる! 遥も! あ、でもね、遥はカレシがいるから微妙だけど」
「ハルル、彼氏いるんだね」
「意外と長いんだよ」
 話を続けながら由宇と遥へのメールをつくる。デコメ満載で送信ボタンを押した瞬間、
「勝手に決めるなよ」
 ため息混じりに玲が言った。
「いいじゃん、別に用事ないだろ」
「だめなの?」
 口々に言われ、玲はまたため息をつくと、
「わかったよ」
 しぶしぶ頷いた。
 由宇からの返事はすぐに来て、そのあと遥からの返事も間をおかずに来た。
「二人とも大丈夫だって!」
「よかった。じゃー25日! 楽しみだね」
「うん!!!!」
 新しい友人と美味しいケーキでパーティをできる、というのが妙に嬉しくて美冬のテンションは上がりまくったのだった。





***





 美冬は夕方、帰って行った。
 玲の部屋には和人がまだ居座っている。
 とくに2人なにをするでもなく、それぞれ思い思いにテレビを見たり雑誌を読んだりしている。
 玲はコーヒーのお代わりを注ぎにキッチンへとたった。
 コーヒーポットからマグカップにコーヒーを注ぎ入れながら、ふと目についたのはキッチンに貼ったクリスマスケーキの予約リスト。そこに先程までいた美冬の名前を眺め、もと居たソファーに戻る。
「なぁ」
 雑誌を呼んでいる和人に声をかける。
「んー?」
 顔を上げるようすもない和人。
「お前、あいつ気に入ってるのか?」
 コーヒーを飲みながらテレビのチャンネルを変えつつ聞く。
 和人はようやく顔を上げて玲を見た。
「あいつって、みーちゃん?」
「そう」
「なんで?」
「やたら最近かまってるみたいだから」
 そう言うと和人は楽しげに笑う。
 玲と和人はいわゆる幼馴染といえるものだった。
 幼稚園から同じで、だが実際つるむようになったのは小学校高学年になってからだったが。
 無駄に付き合いだけはながいから和人のこれまでの恋愛遍歴などももちろん知っている。
 美冬はいままで和人が付き合ってきてきた女の子たちはタイプが違っていた。
「お前の好みって年上じゃなかったっけ」
「年上ねー。まぁ、俺の場合好みっていうかお姉さま方が寄ってくるっていうのもあるけど。俺自身は基本的にどんな子でもOKだよ。みーちゃんとか可愛いし」
 最後の言葉に玲は眉を寄せる。
「……可愛いか? 食い気だけの女なのに?」
「いいじゃん、美味しそうに食べてて可愛いし。それになんとなく虐めたくなるキャラ?」
 ふふっと薄く笑う和人に、玲はさらに眉を寄せて呟いた。
「………鬼畜」
「Sであることは否定しないけどね」
 和人の笑顔はどこまでも爽やかで、玲はただこの男の笑顔に騙される女の子たちを少々気の毒に思ったのだった。