Bitter Sweets
11 - 12月13日 ケーキの試食はイケメンふたりと


 玲からメールが入ったのは昨夜遅くだった。
 2時に玲の家の最寄り駅で待ち合わせだという短い連絡文。
 ほんとうに二日連続で会うんだ、なんていう事実に何故かドキドキしてしまい何故か眠れなくなってしまった。
 そして朝は寝過ごして、起きてみれば11時過ぎ。
 まあだが待ち合わせまでには余裕があるので、ブランチをとってゆっくり準備をし、なんなく美冬は2時5分前には待ち合わせ場所に立っていた。
「お待たせ!」
 かかった声に、ん?、と首を傾げながら声がしたほうを見る。
 聞き覚えのある、だがいるとは思わなかった人物が美冬のほうへと走り寄ってくる。
「ごめんね、みーちゃん。待った?」
 そう爽やかな笑顔を向けてくるのは和人だった。
(……あ、あれ?)
 なんで、和人がという疑問を抱きながらも、
「大丈夫だよ」と笑って首を振る。
 だが疑問はそのまま顔に出ていたようで、和人が「どうかした?」と尋ねてくる。
「う、ううん。なんでもないよ」
(そっか、今日は和人も一緒だったんだ。アキと親友なんだろうし、いつものことなのかな? っていうか! 一言くらい誰がくるか教えろっていうんだよ!!!)
 2人きりかも、なんていうことに無駄にドキドキしてしまったと美冬は内心大きなため息をついた。
「あ、ねぇねぇ、和人。なんかお土産とか買って行ったほうがいいのかな?」
「いらないよ。気にしなくっていいよ」
「そう?」
「うん。じゃぁ、行こうか」
 和人に促されて、玲はここには来ないということを今更ながらに知った。
 玲が住んでいるのは駅から徒歩10分という距離にある高層マンションだった。まだ真新しそうな、綺麗な建物。
 オートロックで和人は手慣れた様子で部屋番号を押し、玲と短いやりとりをする。その光景はまるでスパイ映画での暗号のやりとりのようにそっけないものだった。
「俺」「おう」、それだけ。
(男ってそんなもん?)
 2人でエレベーターに乗り込みながら美冬は男同士の友情なんてものに思考を巡らせてみた。
 玲の部屋は20階。和人に案内されて向かい、そしてインターフォンを鳴らしもせずに和人はドアを開けると、入って行った。
「どうぞ、みーちゃん」
 さっさと靴をぬいだ和人が、まるで我が家のように笑いかける。
「おじゃましまーす」
 美冬はリビングのほうへと声がとおるようにあえて少し大きめの声で言った。
 廊下を歩いているとふっと鼻を甘い匂いは鼻をかすめる。
「どう、できた?」
 先にリビングへと入って行った和人。そのあとを追い美冬もリビングへ足を踏み入れ明るさに目を細めた。
 20畳はありそうな広いリビングは日当たりがよく、一面の窓から明るい日差しが入りこんでいた。
 そしてリビング中に充満している美味しそうな香りに、美冬はどうしようもなく頬を緩める。
「ああ。いまパイ焼いてる。ムースは完成してる」
 聞こえてきた玲の声に、
「パイ!? わーい! パイ焼き立てたべたーい!!」
 挨拶もしないままに叫ぶ。と、美冬はぽかんとした玲と和人に気付き、自分のあほさに顔を赤く染めた。
「……みーちゃん」
 和人が大きく肩を震わせている。玲は呆れたような眼差しを送ってきた。
「ほんっと、食い気ばっかりだな」
 玲のその言葉に否定などできるはずもなく、美冬はひきつった笑顔を浮かべながら、
「きれいなマンションだね〜」
 などとどうでもいい話でごまかしたのだった。










 サクサクのパイ生地で、カスタードクリームとイチゴを挟めて行く。基本的なミルフィーユが出来上がると、テンパリングしたホワイトチョコレートでコーティングし、上にイチゴとアラザンを散らし飾る。そしてちょこんと置かれたのは食べられるサンタクロース。
「可愛い〜!」
 今日玲が作っているのはクリスマスケーキの試作だった。
 聞くところによると喫茶店の常連客から毎年クリスマスケーキを頼まれるらしい。もちろん特別注文でだ。
 玲の部屋へ来てすでに一時間。美冬は目を輝かせて玲のお菓子作りを見ていた。
「紅茶? コーヒー?」
 作業を終えた玲が美冬と、テレビを見ている和人に尋ねる。
「私、紅茶」
「俺も紅茶でいいよ」
 了解、と言って準備をしだす玲に、美冬ははっとしてキッチンに入る。
「私手伝うよ!」
 試食させてもらうんだから、とにこにこ言うと、玲は小さく笑った。
「んじゃ、そこの食器棚からケーキプレート取ってくれ。フォークはそこの引き出し」
 指示を受けて、皿を取り出すと4人がけのダイニングテーブルに並べていく。
 そしてまたキッチンへ戻ると、ふわりといい香りが鼻腔をくすぐった。
 見れば玲がティーポットにお湯をそそいでいる。
「アップルティー?」
「ああ」
 玲は手慣れた手つきでティーポットにティーコジーをかぶせると3分計らしい砂時計を逆さにした。さらさらと落ち始める銀色の砂。
 ティーカップはクリスマスデザインのもので、白地に緑と赤が鮮やかな線と金色のトナカイが描かれている。
「砂時計もティーセットも可愛いね! アキの趣味!?」
「んなわけねーだろ。おふくろだよ。季節ごとに勝手に置いて行くんだよ」
 うんざりしたような玲の声に、美冬はきょとんと見上げる。
「置いていくって?」
 玲は「あ?」と怪訝そうにし、「ここで一人暮らし中」と続けた。
「え? そうなの?」
 美冬は驚きを隠せない。玲の住むこの部屋はみたところ2LDKだ。一人で、しかも高校生が住むには広すぎる。
「ああ。ここからのほうが高校近いから」
(近いから!って! それだけの理由で!? っていうか……)
「アキんちって金持ち!?」
 喫茶店フェアリーは正直大繁盛している、とは言い難かった。それに昨日玲は『趣味』で両親が喫茶店をしていると言っていたし。
(……ん? 趣味?)
 ふと思い起こし、首をかしげつつ美冬は疑問を口にする。
「ねー、昨日フェアリーは趣味でしてるって言ってたよね?」
「ああ」
「じゃぁ趣味じゃなくって本職ってあるの?」
「レストラン経営。いま3店舗くらいある」
「えええええ!? まじで!? ほんとに金持ちなんだ!?」
「別に」
「いやいや、別にじゃないでしょ! 意外だー、アキがお坊ちゃんだなんて。ぜんぜん見えない!」
「……お前よりは品があると思うけどな」
「なにー!? 私女の子らしいけど!?」
「食い気の多さはある意味女らしいかもな」
「どういう意味よ!」
「絶対ダイエットはできなさそうなタイプだよな」
「できるよ!」
「うそつけ」
「うそじゃないよ!」
「んじゃ、すこし絞れば?」
「……ぎゃー!? なに触ってんのよ!?」
 ムニとお腹のあたりをつままれて、美冬は赤面する。
「大丈夫。幼児体型触ってもなんにも感じねーから」
「よ、よ、幼児体型ー!?」
「仲いーね」
 これ以上赤くなりようがないくらいに顔を赤くして玲を睨みつける。と、笑いを含んだ声がさりげなく割って入ってきた。
 一瞬キョトンとして視線を向けるとキッチンカウンターに頬杖ついた和人が目を細めて見つめている。
「いつのまにそんな仲良くなったの? 妬けちゃうなー」
 まるで思ってなさそうな口調で、のほほんと和人は笑う。
「な、仲良くなんてないよっ!」
 羞恥を隠すように否定するも、声を裏返らせる美冬。
 玲はまったく気にする様子もなく、だまってティーポットと、カップをダイニングテーブルへと運んでいく。
「アキばっかりずるいなぁ。俺とも仲良くしてね、みーちゃん」
 身を乗り出して美冬の耳元で和人が囁く。
 息が耳に吹きかかって、美冬は硬直してしまったのだった。