『Limits-last』





「それと、これと……」
 樹は花屋の店内で、いくつかの花々を指差す。
 綾に似合うような可憐で柔らかい色合いの花を中心に選び花束を作ってもらった。
 形良く華やかな花束を抱え、店先に止めていた車に乗り込むと約束の店へと走らせた。
 運転席には花束とネックレスの入った紙袋。
 ちらり時計に目をやれば、すでに6時半を回っている。
 本当なら早めに、綾より早く着いていたかったが、この分ではギリギリのようだ。
 まぁ後から入って驚かせるのもいいか、などと自然と口元が緩む。
 ややして予約していた店の近くにつき、駐車場に車を停めた。
 花束とプレゼントを手にし店へと入る。
 名前を告げるとウェイターが個室へと促す。
 個室の前へ来て、ドアをノックしようとするウェイターを制し、樹はゆっくりとドアを開けた。
 中に静かに足を踏み入れると、ケータイに視線を落とした綾の姿が目に映る。
 この場所にいてくれたことに対する安堵に目を細め、そして傍に近づくと花束をぽんと綾の頭に乗せた。
 驚きに肩を震わせて顔を上げる綾に、
「早かったな」
と、声をかけた。
「えっ?!」
 一瞬綾は固まり、そして勢い良く立ち上がった。
 花束を綾の頭上から退かして持ち直す。
「せ、先生? な、な……。どうしたんですか?」
 上擦った声で、せわしなく目をしばたたかせながら綾が聞いてくる。
「どうしたって、卒業祝だろ?」
 樹はニヤリと笑う。
「そ、そうですけど。先生は来ないって聞いてたから」
「あー、あいつらのなんか行くわけないだろ」
 きょとんと綾が首を傾げる。
「あいつら?」
「生徒会の。こんな大事な日にあいつらにかまってるひまはないからな」
 実はここへ来る前に少しだけ顔を出し、伊織たち卒業していく旧生徒会メンバーに祝の言葉だけ向けてきていた。
「……先生、状況がよくわからないんですけど」
 まったく理解が及んでいない様子の綾に苦笑がもれる。
「お前鈍いな」
 そんな綾が可愛くて、そして面白くて、からかうように視線を向ける。
 怪訝な表情で自分を見つめてくる綾が愛おしくて、小さく笑うと樹は綾の唇にキスを落とした。
「……っせ、先生!!!????」
 ほんの少し触れただけのキスだというのに、綾は大きく目を見開いて口を押さると飛びのいた。
 どんだけ驚くんだ。こいつまさか"約束"わすれてんのか?、と一瞬思うも、綾の鈍さを考えるとやはりからかうような笑みが浮かんだ。
「なにするんですか?!」
 声を裏返らせた綾の頬が真っ赤に染まる。
「なにってキス」
「キスって」
「なんだ、お前まさか忘れたの?」
「は?」
 呆ける綾に樹は間合いをつめると、綾の耳元に唇を寄せた。
「約束しただろ? "卒業したら俺のものになる”って」
 少しだけ言葉は違うが、まぁ同じ意味合いの言葉を囁く。
 するとさらに綾は呆けたように樹を見る。
 樹もまた綾を見つめていたが、耐え切れずに吹き出した。
「面白いなー、やっぱお前!」
「先生!?」
 からかわれたと思ったのかムッとした様子の綾に、花束を差し出す。
「卒業おめでとう」
 目を細め言うと、少しの間を置き綾の目から涙がこぼれた。
「せ……せんせい」
 目を潤ませた綾に"らしくなく"頬が緩まるのを止められない。
「樹」
「………い…つき?」
 戸惑うように呼ぶ綾に、
「そう。あーや」
 ずっと呼びたかった名前を呼び、その身体を引き寄せ抱きしめた。 
「待ってた?」
 "あの日"から一年と少し。
「待ってました」
 綾は少しだけ声を震わせて言う。
「せん……。樹は?」
 言いかけ、だがきちんと言い直した綾に満足しながら、さらに抱きしめる手に力をこめる。
「死ぬくらい待ってた」
 あの日から1年半。
 だが元は、あの夏の日から―――3年半。
 過ぎてみればあっという間だったが、長かった月日。

 いい加減、もう限界。

 見上げてきた綾に、樹は囁く。
「好き?」
 ほんのり頬を染め頷くカノジョ。
「好き。好き?」
 上目遣いで問われれば、さらに笑みがこぼれる。
「好き」
 そしてまた、キスを落とした。
 やっと触れれた唇。
 何度も何度も、止まらなくなりそうなキスを交わし、トマトのように顔を赤くさせた綾にそっと低く囁く。


「綾は今日から俺のもん。覚悟しろよ?」


 一瞬驚き、そして綾は顔を大きく顔を綻ばせたのだった。





 Limits =like or love or............love?...end.









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2009,7,3