『第26話』





 遠くで悲鳴が聞こえる。
 視界がぼやけてなにも見えない。
 視界が……真っ赤にぼやけて………。







 ヴィック―――――?
 どうしたの。
 ねぇ、どうしたの、ヴィック?
 ねぇ、どうしたの。
 なぁに。
 どうしたの。
 ヴィック?





























「―――――サラ!!!!」
 大きな声が響き、遠のいていた意識が引き戻された。
 ぼんやりとした目が、宙をさまよい、ようやくヴィクトールに止まる。
「サラ、サラッ!!」
 泣きそうに顔を歪ませ、呼び続けるヴィクトール。
 サラは虚ろなまま、笑みを浮かべる。
 力なく手を伸ばし、ヴィクトールの頬に触れる。
「……ヴィ……」
 ヴィクトールは首を振る。
 その手はサラの胸元に置かれている。
 白のドレスを真っ赤に染め上げるようにトクトクとあふれ出す赤いものを食い止めるかのように。
「しゃ、喋っちゃだめ、だ……。サ…ラ」
 声はこれ以上ないほど震えている。
 信じられない。
 認めたくない。
 その想いが喉につまり、声を掠れさせる。
 サラは不思議そうに微笑んだ。 


 身体が鉛のように重く感じた。
 胸のあたりがいやに熱い。
 だが身体の端々はとても冷たい。
 頭がぼんやりとして、自分の状況がわからなかった。
 なぜヴィクトールの腕のなかにいるのかも。
 その前にあったことも。
 ただ、ただ、伝えなければと、サラはそう思った。


「ヴィ……ック……」
 微かな声が漏れる。
 そして同時に咳き込み、唇から血がこぼれる。
「あ、の、ね」
 ヴィクトールは何度も首を振る。
 喋ったらだめだ、と。
 だがサラは微笑んだまま、ゆっくりと続ける。
「私…ね。…………ほん…と…に………ヴィック……のこと…好き…………なの」
 今にも零れ落ちそうなほど涙をためた瞳を大きく見開く。
 ヴィクトールは声なく、呆然とサラを見つめた。
「ヴィックが……マリ…ス…を好き…って…知ってるけ…ど……」
 眉を寄せて、サラは苦笑を浮かべた。
 ヴィクトールはしばし目を閉じ、そして微笑をサラに向けた。
「サラ…。黄色い薔薇の花言葉を……知ってるかい?」
 小さく首をふるサラ。
「黄色い薔薇の花言葉はね―――」
 いつだったろうか、あの黄色い薔薇の種を植えたのは。
 サラにあげようと、思い育てたあの黄色い薔薇。
「恋の告白、って言うんだよ」
 サラはいまにも閉じてしまいそうな目をわずかに見開く。
 ヴィクトールはそっと、優しくサラの頬に指を滑らした。
「僕も………サラのことを好きなんだ…」
 目を細め、告げた。
 一生心に秘め、言うことなどないと思っていた言葉。
「…………ぇ……?」
 サラは目を点にし、ややして笑顔を見せた。
「ほん…と……?」
「ああ…。本当だよ。ずっと…好きだった…」
 真剣な響きに、サラの表情が歪む。
 涙が浮かび上がる。
「………うれ…し……い」
 自然と見つめあう。
 優しさと愛しさが入り混じった眼差し。
 ヴィクトールはそっと、サラに頬をよせ、その唇に口付けを落とした。
 最初で最後の、キス。
 甘く鉄の味がした。
 目を閉じ、愛の証を受けたサラはこれ以上ない微笑を浮かべる。
「ヴィック……大好き…」
「うん、僕も…大好きだよ」
 微笑みあう。
「すごい………幸せ………………………」
 そして、すっとサラの目が閉じ、手から力が抜けた。
「……………サ…ラ…?」
 震える声で囁きかける。
 だが、もう返事はない。
 閉じた目が開くことはない。
「サ……」
 すべて、途絶えた。




「う………うわぁぁ!!!!!!!!!!!!」



 絶叫が響き渡る。
 もう動くことのないサラの身体を抱きしめ、泣き叫んだ。
 











 そして。
 ヴィクトールの後方で、再度の銃声が上がった。
















 こうして、 



 薔薇の棺は閉じた。