らぶらぶでいきましょう♪ 1

「うあー、もう外真っ暗だよー」
七香ちゃんが窓の外を見て、いま気づいたっていうようにため息をついた。
窓には明るい教室の中の様子が鏡のように映し出されてる。
外は真っ暗。
もう10月も後半過ぎてるし陽が落ちるのも本当に早くなってる。
それにいまはもう。
「そりゃ7時半だし、暗くなるよ。今日はそろそろ切りあげよっか」
教室の壁掛け時計を見た捺くんが、うーん、と両腕を伸ばしながら床から立ち上がった。
「そうだな。もう帰るか」
和くんも頷いて、そしてほかのクラスメイトたちも帰るために片付け始める。
教室の中は机と椅子が後ろに下げられて、床には絵具や木材、そして生地とかいろんなものが広がってた。
それは全部あと1週間ごにある文化祭のためのもの。
私たちのクラスは喫茶店をすることになってるんだ。
もうあと1週間っていうこともあってどのクラスも放課後遅くまで残ってた。
「実優、帰ろう〜」
後片付けを終えて、七香ちゃんと羽純ちゃんがやってくる。
数個の机を元の位置まで戻して、私も自分のカバンを手に持った。
「うん」
教室中で「ばいばーい」って声がかかってる。
「実優ちゃん、おいで〜」
もう教室を出ていた捺くんが相変わらず可愛らしい笑顔で手招きする。
和くんはそんな捺くんの傍でポケットに手を突っ込んで待ってくれてる。
そうして私は七香ちゃんたちとみんなで校舎を後にした。








「結構寒いねー!」
秋の夜。
冬の寒さまでは行かないけど、夜風はひんやりしてて肌寒い。
「ほんと、風邪ひかないようにしなきゃね」
寒さに弱いのか腕をさすってる捺くんに、羽純ちゃんが答える。
本当に冗談抜きで風邪だけは気をつけなきゃって思う。
文化祭まで時間ないし、いま休んだら大変だし!
「まぁでも捺は風邪ひかないでしょ。なんとかは風邪ひかないって言うしねー」
「……なんとかってなんだよ! 馬鹿はお前だろー、七香!」
「はぁ!? 私がなんですって!?」
相変わらずな七香ちゃんと捺くん。
2年生になって捺くんもクラスメイトになったわけだけど、1年生のころよりもますますっていうか、どんどんヒートアップしていってる気がする。
でもケンカするほど仲がいいっていうし……。
「うっせぇ」
ぼそり、私の隣を歩く和くんが呟いた。
そんな和くんもいつもと同じ。
でも2年生になってもう半年経つけど変わったことって言えば、捺くんと和くんが成長期ってことかなぁ?
捺くんは和くんより少し身長低かったんだけど、いまは同じくらいになってる。
和くんも前より少し高くなってるし、男の子ってすごいなぁって最近しみじみ思っちゃう。
「そういえばアッキーは文化祭来るの?」
「………」
羽純ちゃんが訊いてきて、思わず言葉に詰まっちゃった。
"アッキー"っていうのは……先生のこと。
みんなは何回かうちに遊びに来てて、先生に会ううちに"アッキー"って呼ぶようになってた。
もちろん先生がそんなあだ名を気にいるはずもなくって、呼ばれてもスルーしているけど。
「う、うん。アッキー……来るって」
先生の前じゃ絶対呼べない!けど、私だけここで先生とか言っちゃうと、最近妙にみんなに冷やかされるからとりあえず私も"アッキー"と呼んでいる。
「へー! みんなびっくりするんじゃない? あの松原がー!って」
目を輝かせる七香ちゃん。
「ほんとだよなー! あの冷血教師がツンデレ変態だったなんてー!って」
「………」
な、捺くん。
それ先生の前で絶対言わないでね!
どういうわけだか先生は七香ちゃんたちから"ツンデレ"でしかも"変態"って思われてる。
当たって……るけど、でも先生人前でべたべたしたりしないんだけど、なんでなんだろう?
不思議……。
そんなことをぼんやり考えてたらポケットに入れてたケータイが振動し始めた。
取り出してみると先生からの着信。
「もしもーし」
『いまどこだ?』
いきなりな先生。らしいけど、もうちょっとなにかないのかな?
「いま学校帰りだよ。さっき学校出たの」
最近は放課後、文化祭の準備があるってちゃんと先生には伝えてる。
先生が帰ってくるのはだいたい8時前後くらい。
もっと遅い時もあるけど、できるだけ早く帰ってくるようにしてくれているみたい。
「仕事もう終わったの?」
『ああ。いま……』
先生が急に言葉を止めた。
そして歩いてた私たちに光が当たってくる。
車のヘッドライト。車は白のBMW。
「………」
「あれ、アッキー?」
まず七香ちゃんが気づいた。
「あ、ほんとだむっつりアッキーだ」
また怒られそうなことをいってる捺くん。
「アッキー先生現る」
たまに羽純ちゃんがわからなくなる時がある。
そして和くんはどうでもよさそうに車のほうを見てた。
「迎えに来てくれたの?」
すぐそばまで来て停止した車。
運転席のウィンドウを上げて顔をのぞかせたのは先生。
ケータイを切って、窓枠に手を置いて先生を見た。
仕事帰りだからスーツ姿で、朝出かけたとききちんとセットしてた髪はちょっと乱れてる。
仕事が終わった後にたぶん髪をぐちゃっとかき混ぜちゃってるんじゃないかな。
いつも帰ってくるときは少し乱れてるんだよね。
それが可愛くって(先生には言えないけど)、髪を手櫛でとかしてあげるのが好き。
「ああ。まだ残ってそうだなと思って来てみた」
ふっと小さく笑う先生のその髪を撫でるようにしてキレイにしてあげる。
いつものことだから先生はとくになにも言わずにされるままなんだけど。
「うっわ! 見て見て! 奥さん」
「やーだー! こんなところでいちゃいちゃバカップルよー!」
「………」
すっかり忘れてた。
いつも口げんかばっかりしてるくせに、なんでこういうときだけ結束しちゃうんだろう?
七香ちゃんと捺くんが後ろで冷やかしてた。
先生はそんな二人をまったく気にしないっていうより目にも入れてないみたいで、ちらりとも見ることもしない。
「実優、乗れ。あと佐伯も。………とりあえず三谷も」
私からすぐそばにいた羽純ちゃんを見て、そしてしょうがなくみたいな感じで七香ちゃんにも視線を移した。
「送る。男は平気だろ。定員オーバーだからお前らは無理だ」
「えー! まじで!?」
「えー! 俺も乗りたいぃ!」
すかさずに七香ちゃんが「やった!」って飛び跳ねて。
捺くんは頬を膨らませてる。
ぎゅうぎゅうにつめれば乗れる!、って力説する捺くんを和くんが拳骨でおとなしくさせて、私たち女の子だけ車に乗った。
「アッキー、わざわざごめんなさい」
「アッキー、ありがとー!」
「………湯高に向井、もう遅いしちゃんとまっすぐ帰れよ」
「はーい、アッキー」
「わかった、アッキー」
「………」
か、和くんまでも……。
助手席に座る私だからわかった。
アッキーって呼ばれるたびに、先生のこめかみがピクピクしちゃってるのを。
「じゃあねー!」
さっさと帰ろう、って七香ちゃんが和くんたちに元気に手を振って、私もバイバイと手を振って車は走り出した。