EXTRA GAME / Change 13

朝、俺より先に実優が起きていた。
様子がいつもとなんら変わりなかったから、逆に俺があまり気を使ったら不自然だろうともうひと眠りすることにした。
朝食をルームサービスで頼んでおくように告げてまどろみの中に落ちる。
たいして深くもない眠りはルームサービスが来たことを知らせるドアチャイムの音であっさり破られた。
軽く舌打ちして、だが起きはせずに目は閉じたまま。
ドア越しにテーブルセッティングされていく音を聞いていた。
ホテルマンが出ていってから仕方なくベッドから下りると隣に向かう。
「………多すぎじゃない? 誰が食べるの、これ」
俺の分が二人前、それと実優の分で計三人前の朝食を呆然と見下ろしている実優に、
「俺が食うにきまってるだろ」
と、朝の挨拶代わりに声をかける。
「食うぞ」
テーブルに並べられた三人分の朝食は確かにパッと見、量が多い。
だが朝食は一日の資本。これくらいの量は食う分に問題ない。
それでも怪訝そうな実優には胃もたれしそうなくらいに見えるのか俺にならって席についたあとも何度も目をしばたたかせては料理を見渡していた。
「先生……なんで三人前?」
きょろきょろとしている様子がなにかに似ているな、とフォークを手にしながら考える。
「朝ごはんは大事だぞ?」
「私オムレツとパンくらいでいいかも」
口をすぼめて同じくフォークを手にしている実優に、―――ああ、ハムスターか?と、気づいた。
「大丈夫だ、お前の胃袋なら」
でもそれにしては昨日は結構な量こいつ食ってたな。
ハムスターよりはリス程度でいいか?
サラダを食べながら、まだ寝起きで頭が働いていないのかくだらない考えばかりが頭の中に沸いてくる。
昨日の夜の料理を食べるときは異様に幸せそうに頬を緩めまくっている実優のことを思い出していたら、やたらテンションの高い声が響いてきた。
「お、おいしー!! ふわふわふわー!! 先生! めちゃくちゃふわふわふわー!ですよ!?」
オムレツを食べたらしい実優が頬に手をあてて目を輝かせている。
タイムリーすぎる反応に思わず吹き出してしまった。
「なんだよ、ふわふわふわーって。ふわふわでいいだろ」
小学生かよ。いや、幼稚園生か?
「ふわふわよりもふわふわだからふわふわふわーなんですよ!」
「はいはい。よかったね? 実優ちゃん」
服を脱げば結構な乱れっぷりを見せるくせに、普段は割と……というよりも幼く見える実優。
そのギャップが面白くもあり、夜の顔を教えた"ゆーにーちゃん"とやらに開発ごくろうさまと言いたくもなる。
とりあえず満面の笑みを―――まぁ多少他意というかからかいを含めたものを浮かべて言ってやれば、実優は口を尖らせて顔を背けていた。
そのあと"ふわふわふわー"なオムレツを食べさせてやって、取らなくてもいい機嫌を取ってやる。
が、料理の美味さにすぐにテンションを持ちなおしたらしい実優は、食べれるのか心配そうにしてたわりに、綺麗に完食していた。
俺ももちろん完食。
腹いっぱいになってチャックアウトの時間も気にせずにそのあと昼までゆっくり部屋で過ごした。
今日は有給を取っていたがとくに予定はない。
午後一時にさしかかりそろそろホテルを出ることにした。
チェックアウトを済ませてると実優はそれまでくつろいだ顔をしていたはずなのに、わずかだが曇らせているような気もする。
―――なにを考えてるのか。
「おい。実優」
ぼんやりとしている実優に声をかけ、「行くぞ」と歩けば、慌てたように頷いて後を追ってきた。
それから車に乗り込み発進させていると気分を持ちなおしたようにもみえる実優が礼を言ってくる。
「先生、ありがとうございました」
「なにが」
「えっと、あんな素敵なお部屋に泊まらせてもらったから」
「え? タダって言ったっけ?」
「……さっき『俺が来たかっただけだ』なんて言ってたはずですけど……」
「そうだったか? まーいいや。とりあえず礼よりも今度実優のご奉仕に期待しとく」
半分冗談、半分本気。
俺の言葉に実優は呆れたようにため息をついている。
「……先生はやっぱり変態エロ教師だった」
「あ?」
前から思っていたが、こいつはどうやら俺を"変態"扱いしたいらしい。
その変態相手によがりまくるお前はなんだよ、と軽くにらめばすかさず作り笑いが返ってくる。
「なんでもないですー。先生ってイケメンだなぁって思っただけです」
「周知の事実だろ」
「………」
実際美形だしな。
ナルシストというわけでもないが、事実は事実、と悪びれもない俺に、わざとらしく大げさなため息をつく実優。
その様子はやはりいつも通り。
「どこか寄りたいところあるか? それとも帰るか?」
車を走らせてはいたが行先は決めていなかった。
こいつも疲れているだろうから、送っていったほうがいいのかもしれない。
だがほんのわずか、それを躊躇う。
「……今日は帰ります」
迷った末に言ってきた声のトーンは微かに落ちていて、なぜか内心ため息がでた。
「わかった」
正直昨夜のこともあるし一人にさせるのが多少気になる。
が、俺とこいつは単なるセフレであってそこまで干渉する関係でもない。
一教師として気になる、と言ってもいいが、それでも易々と深く踏み込むのは躊躇われた。
らしくもない、めずらしくもやっとしたものを感じながら、それを紛らわせるように煙草を取り出し咥える。
箱を仕舞おうとしていると、突然実優が叫んできた。
「先生! 煙草!」
いきなりすぎなうえに、煙草がなんだ?
「なんだよ、びっくりするだろ」
「あ、ごめんなさい」
実優は我に返ったように口を押さえて頬を染める。
「いいよ。それで? 煙草がどうした?」
「その箱、見ていいですか? 珍しいですね?」
「そうか?」
いつも煙草屋でカートン買いするからよくわからんが、確かに自販機では売っている率は少ないかもしれない。
ドイツ産の煙草は香りと苦みが好きで昔から好んで買っていた。
「ダ………なんて読むんですか?」
「ダビドフ・クラシックだよ。俺的には一番好きかな」
「へぇ」
ハンドル操作をしながら横目に見れば、興味津津といった感じで実優は煙草を眺め匂いを嗅いでいる。
その動作もまた小動物のように見えて笑いを誘った。
「未成年の喫煙は法律で禁じられています」
「吸いませんよー! ただなんだかいい匂いだなぁって思っただけです」
「吸うなよ? 俺あんまりタバコ吸う女ダメ」
ヘビースモーカーの俺が言うのもなんだし、持論を押し付けるわけでもないから吸っているやつにどうのこうの言うつもりはない。
が、吸っていないやつにはお勧めはしない。
「そうなんですか? 意外」
「意外ってなんだ」
将来的なことを考えれば煙草は百害あって一利なし。
―――まァ本当に俺が言えることじゃないが。
「そのまんまですけど……。―――あの先生」
「ん?」
「あの……吸わないから、その……この煙草もらってもいいですか?」
「は?」
吸わないのに、なぜ必要なのか。
怪訝に実優を見ればさっきよりも顔を赤くした実優が魚のように口をぱくぱくさせている。
「えっと、あの、なんかいい香りだから。なんとなく。………だめですよね?」
恥ずかしそうに目を泳がせている。
その手が大事そうに箱を握りしめていて―――なにかよくわからない想いが一瞬過った。
「……別にいいけど」
煙草の煙を窓の外へと吐き出しながら呟く。
「でも絶対吸うなよ?」
「大丈夫です! 吸いません!」
「それならいいけど……」
信号が赤に変わり停車させた。
シートにもたれて、実優を見る。
なんでそんなものが欲しいのか。
聞きたいような気もするが、目が合った実優は妙に―――……。
「……んっ」
気づいたらその唇を塞いでいた。
甘く漏れる声を聞きながら実優の咥内に舌を這わせる。
歯列をなぞって、いままで味わっていた煙草の味をわけるように舌を絡める。
丸一日一緒にいたが、そういやなにもしていなかったなと思い出す。
熱い舌と、唾液の絡み合う音。
よく慣らされた動きをする快感に従順な舌は俺の舌に躊躇いなく追いついてくる。
欲がくすぶりだすのを感じながら唇を離した。
「こういう味」
吸わない代わりに煙草の味を教えただけ、だ。
「………なる……ほど」
ほんの少し呼吸を乱している実優は潤んだ目で小さく頷いた。
一瞬、やはり送らずに―――とも思ったが、青信号へと変わるのを見て、結局はそのまま実優のマンションへと車を走らせた。
マンションへ着くまでの間は他愛のない話をして過ごした。
「ありがとうございました」
車から降りた実優が深々と頭を下げ礼を言ってくる。
それに笑って「別に」と返す。
実優も笑っていて、そこに昨日出会ったときの泣きはらした顔はない。
もちろん深夜の苦痛の表情も。
「じゃーな」
「さようなら」
だからそのままそう別れを告げ車を走らせた。
サイドミラーに映る、俺を見送る実優の姿に―――さてどうするか、とため息が出た。
これから冬休み。
正月をあいつはどう過ごすのか。
"叔父さん"とやらは帰省するのか?
意外に俺は優しいんだぞ、と内心呟きながらこれからのことを考えていた。