プロローグ

最後のキスはたぶん一生忘れられない。

いつだって隣にいれることを当たり前だなんて思うことはなかった。

いつも一緒にいることに慣れなくって、でも幸せで。


『―――俺は優しくない』


その言葉が例え真実だったとしても。

私にとってあなたといられた日々は色褪せることのない大切な思い出。


痛くて、辛くて、哀しくて、嫉妬ばっかりしてたけど。





大好きだった。




いまでも、胸が苦しくなるくらいに。




ねえ。


あなたは今、特別な―――あなただけの人を見つけましたか?










***






「あ〜! かっこいい!!」
「ほんとー! こっち向いてくれないかなぁ」
「目の保養だよね〜!」
「いい男二人並ぶと神々しいわ」
「あーん、一度でいいからお話してみたいなぁ」
「話しかければいいじゃん。だってさ、来るもの拒まずなんでしょ?」
「らしいねー? それってほんとなのかなぁ?」
「ほんとじゃないの? だってさ、A組の武井さんこの前言ってたよ〜」
「えー? なんて!?」
「『お願いして、一度だけ……抱いてもらったの』だって!」
「うわー! 超積極的!!」
「ていうか、そんなん暴露しちゃっていいの?」
「いいんじゃない、別にー。だって女遊び激しいのみんな知ってることだし」
「そうそう。逆に抱いてもらったって、それ自慢にしてる子も多いくらいだし」
「でもさ、むなしくない? ヤリ捨てってことでしょー?」
「そうだけどさー。付き合ってくれるかわかんないより1回だけでもヤっちゃったほうが良いって感じじゃないのー?」
「あー、そっかぁ。付き合ってくれるかどうかはその時の気分次第って話だっけ?」
「そうらしいよー」
「じゃー、今度機嫌良さそうな時狙って告ってみるとかさぁ?」
「えー? 勇気ある? ぜったいファンクラブの女子に目つけられるしさ、振られたら噂されるし、こうやって見てるだけが一番だって」
「うーん、まぁそうかもねー」
「そうそう。あー、でもかっこいいなー」
「ほんと、カッコよすぎだよぉ。うちの学校の理事長の孫で、金持ちで、イケメンで頭良くって、運動神経もいいとか、もうパーフェクト過ぎでしょ」
「ほーんと! 雲の上の存在よねー」
「あ、でも私、智紀さんのほうがちょっと好きだったりするかも」
「いやいや、智紀さんだって同じくらい人気あるから、どっちにしろ無理無理」


あちらこちらで聞こえてくる噂話。
黄色い声をまじらせてみんな楽しそうに話してる。
窓から外を―――校庭にいるらしい渦中の人を女子はみんな見ていた。
私となっちゃん以外はみんな。
「好きだよねー、ほんと」
なっちゃんは昼食のパンをかじりながら興味なさ気に窓際でたむろってるクラスメイトを眺めてる。
私はお母さんお手製のお弁当をつつきながら、曖昧に笑った。
窓まで行って見ることはしないけど、騒いでいる子たちの気持ちはわかるから。
「確かにイケメンだけどさー、顔だけでしょ。どんだけ頭良くっても女食いまくってるようなヤツ私はいやだね」
辛辣になっちゃんは吐き捨てる。
実際のところ本当はどうなのかはしらないけど、噂をそのまま信じるのなら渦中の人は女遊びが激しいってことだった。
だけどたぶん噂は8割近くは本当だと思う。たまに見かけるその人の隣にはいつも違う綺麗な女の子が傍にいるから。
つい最近も見かけたその人と確か上級生の女子が寄り添いながら歩いているのを思い出して、私はちょっとだけ笑ってなっちゃんの言葉をやり過ごした。
確かに女遊びばっかりしているのはどうかと思うけど、身体の関係だけでもと迫る女の子たちにも非があるように思えるから。
「………そんなに悪い人じゃないと思うけどな」
根拠なんてまったくない単なる擁護は小さく口の中で消えた。
まわりの喧噪に私の呟きはなっちゃんまで届いていなかったようで、なっちゃんはその人の話からバイトの話へと移っていく。
それを笑顔で聞きながら、意識は窓の外にあった。
私も―――窓際に居るクラスメイトたちのように、遠くから見るだけでもいいから、彼を見たかった。
ミーハーだとしても、決して手の届かない人だから、ただ見てるだけで満足だった。
好きだとかじゃなく、芸能人を見るような。そのころはそんな感覚でしかなかった。
彼の名前は松原晄人。
私と同じ高校二年生。でも同い年とは思えないくらい大人びている。
自然な茶色の髪は無造作にセットされてて、身体はなにかスポーツしているのかなってくらいにガッチリとしてて。顔はみんなが思わず振り返ってしまうくらい精悍で整っているし―――オーラとしかいいようのないものがまわりの子たちとまったく違った。
それは高校入学のときからはっきりしてた。
主席入学の彼は新入生代表で挨拶をしてたんだけれど、まったく緊張もなにもない呆気に取られるくらいに堂々とした様子だった。
かっこよくて頭がよくて、そしてこの学園の理事長の孫である彼が話題をみんなの独占するのはあっという間で。
当たり前のようにそこからいままで彼は注目の的。
噂がいくつも流れててもみんなの視線を集めても怯む様子もない。
彼の隣には智紀っていう彼の親友がいつもいて、智紀さんも彼同様に人目を引く容姿をしていた。
彼とは違って人当たりのよさそうな雰囲気をしてるから彼には自分に自信のある女の子たちしか声をかけられないけど、智紀さんはもっと気軽に声をかけられていた。
それでも私にとっては二人とも縁がないだろう人たち。
これといってとくに得意もなにもない、顔も十人並みの私には同じクラスにでもならないかぎり話す機会もないだろう二人だった。
何の接点もなく卒業していくんだろうと―――思っていた。
あの日、までは。