
3
細い指先にそっと唇で触れた。
――――手を取り、その指先に口付けを落とす。
拾った指輪を、アデールの左手の薬指にはめる。
――――薬指に指輪をはめ、
白い手に燦然と輝くダイヤに、ジェルヴェは口付けた。
――――再び今度は指輪に口付けを。
ちらりアデールの様子を伺うと、驚きをあらわに硬直している。
ジェルヴェはゆっくりと立ち上がり、そっとアデールの頬に手を添えた。
笑いを抑え、芝居がかった口調で、
「一目で貴女に心を奪われた。愛している」
と、囁く。
――――そして誓いの言葉を告げる。
これ以上ないほど大きく目を見開くアデールの顎に長い指を添え、上を向かせる。
そして、
誓いの、
口付けを、
落とす。
***
アデールは今この瞬間、自分に起こっていることが信じられなかった。
自分の手をとり、その指先に、指輪に口付けを落とされた。
さきほど初めて会ったばかりの麗しい青年が、愛の言葉を囁き、そして。
そして口付けをくれたのだ。
それは初めてのキスだった。
夢のような一瞬。
幼いころから夢に見た一瞬。
幼いころから夢に描いた一瞬。
『いつかアデールにも運命の人が現れるよ』
そう父が笑んで、そして母が指輪をくれた。
いつか―――誓いの儀式をする日のために。
***
やわらかなアデールの唇に、唇を重ねながら、ジェルヴェは少女の華奢な体を抱き寄せる。
ほんの数秒で唇を離す。
見下ろし、いまだ呆然としているアデールに再度口付けを落とす。
今度は触れるだけではない、キスを。
アデールの唇を舐める。ほんのわずかに開かれた唇から舌を入れる。
びくり、とアデールの体が震えた。
だが抵抗はない。
ジェルヴェは従順な反応に満足しながら、アデールを味わいつくすように深い口付けをした。
ややして身を離すと、アデールは潤んだ瞳で微かに息を弾ませていた。
わずかに上気した頬は少女を艶やかに彩っている。
「………あ…の……お名前は……」
上擦った声でアデールが呟いた。
ジェルヴェは目を細めながら、アデールの耳元に唇をよせ、名を告げる。
「――――ジェルヴェ様……」
うっとりと、アデールはジェルヴェを見つめた。
簡単なほどに篭絡した少女にジェルヴェは笑い出しそうになった。
(さて、さっそく部屋へ行こうか、お姫さま)
再度、アデールに口付けを落としながら、ジェルヴェはすでにチェック済みの屋敷内にある客室の場所を思い浮かべた。
すでに屋敷の使用人に話はつけてある。邪魔がはいらないうちに、さっさと移動し、この少女を味わいつくそう。
と、考えるだけで思わず口元が歪んでしまった。
「あ、あの――――ジェルヴェ様」
ジェルヴェの腕の中でアデールがおずおずと呟いた。
「なんだい?」
とりあえずは優しく囁く。
じっと見つめると、アデールは頬を染めて、
「わ……私からも……よろしいでしょうか」
と、言った。
「あの……少しだけ体を屈めていただけますでしょうか? 私、届かないもので……」
はじらったまま、少女はそう続ける。
ジェルヴェは怪訝に思いつつ、地面に膝をついた。
アデールはジェルヴェを見下ろし、その肩に手を添える。
(なんだ……なにをする気だ?)
平然を装いながら動向を伺う。
アデールは深呼吸をひとつして、そっと顔を近づけてきた。
「……あの……目をつぶってくださいませ」
顔を真っ赤にさせ、アデールが言う。
言われたとおりにジェルヴェは目を閉じた。
なにをするつもりかは分からないが、予想外のアデールの行動が面白くもあった。
いったいなにをする気か、と目を閉じ、待つ。
と、アデールの手が襟元に触れた。
そして、首筋に吐息がかかる。
ひんやりしたアデールの指先が、首筋をすっと撫で、襟を押さえるようにして止まった。
「……………?」
なんだ?
そして次の瞬間、ズブッ―――、と首筋になにかが突き刺さった。
痛みはない。
だがはっきりと首筋に違和感がある。
なにかがささった感触と、アデールの柔らかな唇の感触。
急激に体中の血液が蠢きだす。
――――おい!?
なにをしている!?、そう言いたかった。
だが言葉は出てこず、ジェルヴェは意思とは反対に緩慢な動作で目を開いた。
横目に見た先にはジェルヴェの首筋に噛み付いているアデールの横顔があった。
そして。
「アデール!!!!!!」
若い男の、悲鳴のような絶叫が響いた。
次の瞬間、ジェルヴェは後頭部に強い衝撃を感じ、意識を手放したのだった。
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2006,9,24
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