Bitter Sweets
07 - 12月9日その2。フェアリーにて、美味しいスイーツを。


「なにしてんの!? ぜんぜん似合ってないんだけど!」
 和人と一緒にカウンター席にすわりながら、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「確かに似合ってないな」
 クックッと、いままでの爽やかさとは微妙に違う笑いをこぼしている和人はひどく楽しげ。
 反して玲は心底嫌そうに眉根を寄せた。
「うるせぇ。冷やかしなら帰れ」
「フェアリーランチ一つ。みーちゃんにデザートメニュー見せてあげて」
 すかさず和人が切り返す。
 玲は無言で美冬に『sweets menu』と書かれた手作りっぽいメニュー表を渡すと、厨房へと消えていった。
「ここのデザートみんな美味しいよ」
「あ、うん」
 なんで玲がいるんだろうか、バイトなんだろうか、とそんなことを考えながら開いたメニューに美冬は一気にテンションが上がった。
「うわぁ! やばい!! みんな美味しそうっ!!」
 全部写真入りの可愛らしいデザートたち。カスタードクリームと生クリームたっぷりのイチゴ入りシュークリームやシフォンケーキ、アイスのせクレープ、ガトーショコラ、フルーツ山盛りのパフェ……。
 10数種類はあるデザートに目を奪われて、なかなか決められない。
「うー! なんにしよう」
「ランチが来るまでに決めるといいよ」
「うん」
 そしてしばらくの間、真剣に美冬はメニュー表に視線を落としていた。
 カタン、とお皿を置く音がしたのはそれから10分もしないうちで、横を見れば和人の前にワンプレートランチが置かれている。
 和風ハンバーグとサラダに小さくまとめられたパスタとバターライスがバランスよく盛り付けられていた。
「美味しそう」
 さっき食べたばかりだというのに見てるだけでよだれが出てくる。
「いつもおしいけど、アキのは特にうまいんだよな」
「へ?」
 ぽかんとして和人からカウンターに戻ってきた玲を見る。
「これ、アキが作ったの?」
 腰に手を当て、およそ店員らしくないふてぶてしい態度で突っ立っている玲は黙って頷く。
「えええ!? すっごい!」
「つーか、お前はなんにするんだよ」
 うるさそうに眉を寄せながら玲が言う。
「あ。……えーっとぉ」
 思いだしたようにメニュー表を見だすと、玲の大きなため息が響いてきた。
 すっと玲の手が伸びてきてメニュー表を取り上げる。
「ちょっと!? まだ決めてな―――」
「適当に持ってくる」
 玲は美冬の声を遮ると、また厨房へと消えていった。





「おぃしー!!!!」
 皿に盛りつけられたミルフィーユとバニラアイスにショートケーキとフルーツ。ひとつひとつが小ぶりだから難なく食べれてしまう量。
「ねぇ! もしかしてこれもアキが作ったの?」
「そうだよ。デザートはアキの担当なんだ」
 カウンター内のイスに座って雑誌を読んでいる玲のかわりに和人が答える。
 5分程度で玲がデザートプレートを持ってきたころには、もう食べ終えかけていた和人。いまは食後のコーヒーを飲んでいる。
「すごいじゃん。なんか意外な才能ってやつ? っていうか、アキってこの店のバイトなの?」
 もぐもぐとショートケーキを頬張りながら言う美冬を呆れたように見ながら、玲が短く返す。
「家」
「いえー?」
「アキの両親がしてる喫茶店なんだよ、ここ」
「そうなんだ。で、今日は一人なの?」
 その言葉に玲は仏頂面を美冬に向けてくる。
「な、なによ」
「旅行」
「は?」
「あいつら今日から旅行に行ってんだよ。店は俺の学校終わってから開けろとか勝手に押しつけやがって」
 よほどムカついているのかブツブツと呪いのように文句を言っている。
「アキの両親はめちゃくちゃラブラブでね。よく旅行とか行ってるんだ」
「あいつらはいつも急すぎんだよ。今回だって、昨日家帰ったら今日から旅行だとか―――」
 と、まだまだブツブツが続きそうなところを客が会計に来て玲はレジのほうへと行ってしまった。
 イチゴを食べながら美冬はレジをしている玲を眺める。
 さっきまでの仏頂面はなりをひそめ、満面ではないがそれなりに笑顔を作って対応している。
 ありがとうございました―――。
 そしてもう一組の客も立て続けに出ていき、店内は美冬たちだけになった。
 レジからカウンターへと戻ってきた玲に美冬はついさっき浮かんできた疑問を口にする。
「ねー、このお店流行ってるの?」
 ある意味失礼なことをズバリ聞く。
 隣の和人は小さく噴き出し、玲は冷ややかな眼差しを送ってきた。
「だ、だってさー。お昼だっていうのにお客さん二組だけだし」
「まー、そうだねー。なんていうかここは知る人ぞ知る穴場なんだよ。ほら店も大通りにあるわけじゃないし、ちょっと奥まったとこにあるだろう?」
「なるほど」
「だけど味はいいし、ほんとならもっと客増えそうなところなんだけど、アキの暗黙の了解的不可侵条約ってのがあってさ」
「暗黙のりょー……なにそれ」
「あはは。まー一部の女性客にだけなんだけど。毎日じゃないけど、アキがこうやって店の手伝いしているわけ。で、女性客にとっては目の保養になるイケメンなわけだろ?」
 ま、俺のほうがいい男だけどね。
 さらりとそんなことを付け加えながら和人は続ける。
「でもイケメンがいる美味しい店なんて人に教えたらあっという間に広まって行列ができるかもしれないだろ? それは困るわけ。せっかくゆっくりできる穴場的な喫茶店なのにーって」
「なるほど。なんとなくわかる気がする」
「それで不可侵条約がね、暗黙の了解みたいな感じでできたわけ。穴場は穴場として。この店に運よくたどりついたお客さんはいいけど、口コミでは絶対広めない!っていうね」
「ふーん」
 頷きなら美冬はもごもごと口の中のオレンジを飲みこんで、そして玲を見た。
「大変なんだね。イケメンって」
 美冬はしみじみと同情を覚えて呟いた。
 玲はなにも言わずに黙って自分用のマグカップでコーヒーを飲んでいる。
「あ、ねー。不可侵条約はわかったんだけど、由宇と遥にはこのお店教えてもいい? また来たいし」
「それは別にいいよ。な、アキ」
「ああ」
「よかったー!」
「おい、美冬」
「ん?」
 紙ナプキンを手に持った玲が、
「お前、生クリーム口の周りついてるぞ。がっつきすぎだろ」
 言いながら美冬の口元をぬぐった。
 突然のことに硬直する美冬。少しパニックになりながらも「あ、あ、ありがとう」と上擦りながらもお礼を言う。
 そして急に隣にいた和人が笑いだし、相変わらず無表情な玲は冷たい一言を投げかけた。
「小学生以下だな、お前は」
 失礼な!、と思うものの何も言い返せない美冬だった。