14 - 12月19日 パニック→相談→超パニック!
昨日の放課後からずっとプチパニック状態が続いていた。
なにかしていてもふと気付いたら思い出してしまうのは、昨日和人が不意打ちにしてきた頬へのキス。
特に何もいみなんかないのかもしれない。
いや、意味がないわけないだろう。
そう思うが、あのあと和人はとくになにも言うこともなく、夜来たメールでもキスのことはなにも書かれてなかった。
(……私のほっぺが美味しそうでキスしたくなったとか?)
わからない!、と美冬はうなだれる。
たかがほっぺたチュー。そんな気にしなくてもいいのかもしれない。だが彼氏というものが過去一度しかまだいたことのない美冬にとっては大問題だ。
「うーんうーん」
携帯の電話帳を意味なくスクロールする。
由宇か遥に相談したい。でも相談したらぜったいにからかわれるだろうし――――、そんなことを考えていたとき、ふと手がとまった。
画面に表示されているのは『アキ』の名前。
玲であれば和人の親友だし、和人の謎の行動や彼の好みのタイプなどを知っているだろう。
そう、玲に相談すればいいのだ!と、美冬はアキの電話番号を表示させて発信ボタンを押した。
1コール、2コール………。なかなか繋がらない。切ろうかなと思った時、プツッと小さい音がした。
『もしもし』
いつもより低い玲の声。
美冬はちらりベッドサイドにおいてある目覚まし時計を見る。朝の11時だが玲はまだ寝ていたのだろうか。寝起きのような声だった。
「もしもし! 美冬でーす」
「…………なに」
やはり寝起きなのだろう。機嫌の悪そうな声色。
「ねぇ、今日って暇? ちょっと相談したいことがあってさ! 暇なら今からアキんち行っていい? たぶんアキにしかわかんないことなんだ。お願い! お昼食べてから行くから1時にでもいいかな? いい?」
「………」
「おーい?」
反応のない玲にまさか電話中なのに寝てしまったのだろうか、と焦る。
「アキ!? おーい! 起きてるー!!?」
「……うっさい!!!」
うんざりしたようなアキのどなり声が響いてきた。
「ギャーギャー騒ぐな!」
「ごめん……。それでいい? ちょっと相談したくって。すぐすむから」
怒られて、しおらしく小声でまた問う。
少し間が空いて、携帯の向こう側から大きなため息が聞こえてきた。
「わかったよ」
「ありがとう!! あとでね! 一時くらいに行くからね」
「はいはい」
「ありがとー! じゃーね!」
言うやいなやブチっと電話は切られた。
(そんな即行切らなくってもいいじゃないさ……)
ちょっとムッとしながらも、すぐに気分は晴れ晴れとしてくる。
玲に相談すればすぐに解決するだろう。
そう思って、美冬はうきうきと来ていく服を選びだした。
だけど、まさか。
帰ってきたときに一層パニックに陥っているなんて―――美冬は思ってもみなかったのだった。
***
玲への電話で言った通り、一時過ぎに美冬は玲のマンションのインターフォンを押した。
面倒くさそうな玲の対応にあいながらも、「おじゃましまーす!」と元気よく部屋に押し掛けた。
「はい、これ。お土産だよー」
寝起きのままなのかスウェットの上下を着た玲は髪もぼさぼさとしている。
美冬が差し出したお土産を受け取ると、玲は露骨に嫌そうに顔をしかめた。
「………なんだよこれ」
「お土産ー!」
コンビニ袋の中にはピザまん、チャーシューまん、カレーまん、肉まんなどなど数種類入っている。
「好きでしょ?」
にこにこと言うと、玲はため息をついた。
「そんなお前みたいに大好きとかじゃねーよ」
「えー!? なんでそんなこというの! せっかく買ってきたのに! とりあえずアキはどれ食べる? 私はねーチャーシューまんとカレーまんにしようかなぁ」
「………」
「……なに?」
白い目を向けてくる玲に尋ねると、「別に」とまたため息をつかれた。
カウンターキッチンへと赴き、お茶の用意をはじめる玲。
手伝うよーと美冬もキッチンへと入っていく。
「緑茶でいいか?」
「うん! それにしてもお茶いっぱいあるねー!」
緑茶、紅茶、ハーブティ、そしてそこからさらに細かくいろいろなフレーバーの缶が引き出しに入っていた。
「あー……。だいたいお菓子と組み合わせて考えるからかな。あのケーキにはこれっていうように」
「へー! なんかアキってすごいんだね」
急須をまずは温めてからお茶を淹れる玲の男子高校生とは思えない丁寧さに笑みがこぼれる。
「ねぇねぇ。今度お菓子作り教えてよ」
「いやだ」
「なんで!?」
「お前、下手そう」
「そんなことないよ! 家では手伝いするし!! クッキーなら作ったことあるし!」
「クッキーなら、かよ」
「だから教えてっていってんじゃないー!」
「あー、はいはい」
「なにそれ! ケチ!」
「うるせーな。今度、今度」
「絶対だよ!」
「はいはいはい」
「ハイは一回!」
「はいはいはいはい」
ぎゃーぎゃー言いあいながらお茶の準備ができ、お皿にそれぞれ肉まんを乗せ席についた。
少し冷めてしまっているが大好きなチャーシューまんに頬が緩まる。
玲はピザまんと肉まんを食べていた。
「それで、相談ってなんだ」
お茶をすすりながら玲が言った。
一瞬キョトンとして美冬はハッと思いだす。すっかり忘れていたが、ここへきたのは和人のことを訊きに来たのだった。
「あー……うん」
だがいざとなると、なんだか気恥かしさを感じる。
「なんだよ」
どうせたいしたことじゃないんだろ、そう玲が白けた口調で言う。
美冬は口を尖らせると重い口を開いた。
「あのさぁ………」
やっぱり恥ずかしくて顔が赤くなるのを感じる。
「…………キ。…………………キ、キスってさぁ、どんなときにするもの?」
躊躇って躊躇って、ようやく言いきった。
「は?」
何を言ってるんだ的な視線が向けられる。
「あのー、その別につきあってもない友達同士でさー、相手が急にキ、キ、キスしてくるのって、その、どういうことかなぁって」
湯のみをギュッと握りしめながら、顔が一層赤く熱くなっていくのがわかる。
「それは」
「それは?」
「好きだから」
(や、やっぱりー!?)
「か、たまたま欲情したかじゃねーの」
「よ、よ、よ……。あ、あのー男の人ってたまたま欲情したりすんの!?」
「さぁ? 人にもよるんじゃねーの。ムードとか流れでっていうのだってあるだろうし」
「流れ……なるほど。でもなー、別にケーキ食べて話してただけだったし。和人ってそういうタイプなの?」
ごくごく自然に喋っていて、あっと気付いた時には和人の名前を出していた。
出してはまずいこともないだろうが、なんとなく恥ずかしさがMAXになる。
玲はわずかに驚いたように目を見開き、すぐに平静に戻った。
「へー、和人にキスされたわけだ」
「あー、いや、その」
恥ずかしくて恥ずかしくて顔を上げていられなくなりうつむいてしまう。
「あの、でもほら、和人ってモテるだろうし、別に私なんか興味ないだろうし、まーたぶんたまたまなんだと思うんだけど。ちょ、ちょっと気になって」
「そうかな。可愛いって言ってたけど」
「えええ?」
頭の中がまたパニックになってきて美冬は黙り込んだ。玲もとくになにも言ってこなく、しばらくの間静まり返った。
「まー、そんな気にすることもないんじゃないの」
沈黙を破ったのは玲。
立ち上がり、キッチンに向かう背を美冬は眺める。冷蔵庫からなにかを取り出し玲が戻ってきた。
「もし好きだとかなら、あいつから告白してくるだろうし。まぁあいつなら冗談でキスもありえなくはないけど」
「ええ、そうなの!?」
ほら、と玲が皿をテーブルに置く。イチゴのタルトが乗っていた。
「昨日作ったやつ。あまりだから食っていいよ」
「あ、ありがとうっ」
美味しそうなタルトを目にしてテンションが少し上がる。
「それにしても和人がなぁ」
ぼそり玲が呟く。玲はまだイスにすわっていなくて、美冬の隣のイスの背に寄りかかるようにして立っていた。
さっそくタルトにフォークを突き立てていた美冬は「え?」と玲を仰ぎ見る。
「ムードとか全然なさそうなのに」
またぼそり呟かれた言葉。
「………ねぇ、それって馬鹿にしてない……?」
ムッとして玲を軽くにらむ。
玲は無表情に美冬を見下ろしている。
そして不意に玲が動いたかと思うと、美冬は唇に温もりを感じた。
それはほんの一瞬。
「……………」
声が出ず、ただポカンと玲を見つめる。
いま、勘違いでなければ―――――玲にキスされた、はずだ。
玲は相変わらず飄々とした様子で、
「ま、ムードなくってもキスくらいはできるか。あんまり気にしなくってもいいんじゃねーの」
そう言った。
「………キ」
玲は何事もないようにイスに座り食べかけの肉まんを口に放り込んでいる。
「い、いまいまいま! な、なんでキス!!!」
ようやく何が起こったかを認識して、美冬はテーブルに手をつくと立ちあがって叫んだ。
玲がうるさそうに眼を細める。
「和人の行動の分析?」
「ぶ? あ、あああのね! あのね!!! ほ、ほ、ほ……ほっぺにチューだったんだから! 和人は!!!」
顔を真っ赤にして大声で言うと、今度は玲がポカンとした。
「ほっぺ?」
「そう! ほっぺただよ!!!」
と、美冬は頬をぺチぺチ叩く。
「な。なんでキスすんのよーっ!!! 分析だろうが流れだろうが、好きでもない相手にキスすんなー!!!!」
帰る!、絶叫するように言って、美冬はバッグをつかむ。
「じゃーね!!!」
玲のほうを見ずに逃げるように美冬はマンションをあとにした。
玲はなにも言ってくることはなく、ただただ美冬は来たとき以上にパニックになって足早に駅に向かった。
冬の冷気に触れても頬の熱さが一向に収まらない。
たんなる“分析”でされたキス。
だけど、どうしようもなく心臓が跳ねて、ドキドキがとまらなくって、どうしようもなかった。
(やばいやばいやばいやばい、ヤバーイ!!!)
口に手を押しあてて、ひたすら『やばい』を心の中で連呼する美冬だった。