Bitter Sweets
10 - 12月12日 なぜかデート?続行中です


「ちょっと待ってよ!」
 相変わらず歩くペースが速い玲。
 追いついてその隣を歩きながら、これからどうするのだろうか、と美冬はちらり玲の横顔を見上げた。
 今日はフェアリーへ行くという名目での集まりだった。2人キャンセルで、2人きりになってしまっているが、このあとは一体どうすればいいのか。4人であれば気軽に聞けるが、2人きりだとなんとなく聞きづらい。
 せっかくの休日の昼間、ショッピングでもしたいが玲が付き合ってくれるかも疑問だ。
「ね、ねぇ」
「あ?」
「あのさ今からどこか行く?」
 とりあえず聞いてみた。
「どこかって?」
「……いや、せっかく出てきてるのにもう帰るのもなぁって思って」
 なんて!!!!
 言ったそばから美冬はまるで自分が帰りたくない、と言っているようになっていることに気付いた。内心恥ずかしさを覚えながらも、一度言ったことは取り消せないしとりあえず様子を窺う。
 玲は無表情のまま美冬を見下ろしている。
「別に」
「………」
「………」
(おーい! 別になんだよっ!?)
「暇だからどーでもいいけど。でも女の長い買い物は付き合いたくない」
 続きを言え!、と目で訴えかけていたのが伝わったのか玲がため息一つついて言った。
「だ、大丈夫! 買い物したいもの決まってるし、そんな時間かからないから」
「あっそ」
「うん! じゃあ行こうっ」
 相変わらず無表情だが、とくに嫌そうな感じもない玲に美冬は笑顔で歩き出した。



***



 土曜日の繁華街はあたりまえだが人が多い。
 玲は人混みが好きではない。少しうんざり気味に歩を進める。その隣では人混みなど気にするでもなく、きょろきょろとウィンドウショッピングをしている美冬。
 その手にはついさっき購入したスカートの入ったショッピングバッグ。
 目をつけていたものだったらしく、玲としては長居したくない女ばかりの店で美冬はあっというまに買い物を済ませた。そのあと雑貨屋など入ったりしたが、玲に気を使っているのかたいして見ることなく店をあとにしていた。
「ねぇねぇ! どこかでお茶でもしない?」
 フェアリーを出てすでに1時間と少しは歩きまわっている。
 だからといって休憩するには早すぎる、そう玲は思った。
「ほかに見るところないのか?」
「アキはある?」
「俺はいい」
「んじゃぁ、カフェでも入ってお茶とスイーツ!」
 行こう行こう! まるで尻尾をふる犬のように見上げてくる美冬。
 思わず玲は失笑し、
「お前ってほんっとに食い気ばっかりだな」
 思ったことをそのまま言うと、美冬は眉間にしわを寄せてにらみつけてくる。
「失礼な! 私はアキが疲れたかなーと思って休憩しようって言っただけなんだけどっ」
(いや、絶対こいつは甘いもんが食いたいだけに決まってる)
 出会ってまだそんなに日は経っていないが、最初がピザまんだっただけに食べ物=美冬のイメージが玲の中では出来上がっていた。
 この前フェアリーにきた日もデザートに目を輝かせていたし、今日も頬を緩めまくってデザートを食べていたし。と、食べているときが一番幸せそう、そんな感じがした。
「はいはい。どこに入る?」
「……なんかヤな感じだねー、アキ! んもう、いいけどさー。んーっと、ミルクレープが美味しいお店があるんだよね、そこに行っていい?」
 ぶつぶつ言いながらもピンポイントで食べたいものがある店を提案してくる美冬に、玲はつい噴き出していた。
「なっ、なによ!?」
「お前って、まじでその頭ん中食い物のことしかねーだろ」
 ゲラゲラ笑いながら言うと、何故だか美冬は少し黙りこんで、そっぽを向いた。
「私はそんな食い意地はってないよ! もう、行くよっ!」
 ツンと顔をそむけたまま歩き出す美冬。その耳がほんの微かに赤くなっているのに気付いて、玲は笑いをかみ殺す。
(おもしれー女)
 意外に笑わせてくれる、などと失礼なことを思いながら玲は珍しく足早に先へ先へと歩いていく美冬を追いかけて行った。



***



 美冬の目の前のテーブルにはストレートティーとミルクレープがのったプレート。ミルクレープはすでに3分の2ほど減っている。
 そして玲の目の前にはカフェオレと、同じくミルクレープ。
 玲はコーヒーだけしか飲まないだろうと思っていたら、味の参考に、とミルクレープも注文していた。
(意外にお店のこととかちゃんと考えてるのかな)
 ミルクレープ一口目を口に入れ「うまいな」と玲は呟いていた。
「ねぇねぇ、やっぱり将来はお店つぐの?」
 カフェオレを飲んでていた玲に身を乗り出しつつ聞いてみる。
「継がない」
「そうなの? 料理好きっぽいのに?」
 先日食べた玲の料理・デザートは本当に美味しかった。だからもったいないと思ってしまう。
「フェアリーは親父たちの趣味でしてる店なんだよ。だからあの店を継ぐ必要はねーの」
「趣味?」
「そう」
「ふーん。でもさ、もったいないから料理人になれば? この前のデザート美味しかったし。あれ、なんだっけ? お菓子職人ってなんていうんだっけ?」
「パティシエ?」
「そうそう! この前のミルフィーユめっちゃ美味しかったし!」
 パイ生地がサクサクしていてとても香ばしく美味しかったのを思い出して、顔がにやけてしまうのを感じる。
 と、不意に玲が笑いだした。
 ドキリと小さく胸が鳴る。
 さっきここへ来る前にも見た玲の笑顔。ゲラゲラと失礼にも大笑いしていたが、でもその笑顔は屈託がなくって、いつもの無表情と違ってとっても優しくて。思わずドキドキと顔が赤くなってしまったのだ。
(イケメンの笑顔はハンパないなー……)
 平常心平常心と心の中で呟きながらそっと首を横に振る。
「なにやってんだ? それにしてもほんっとお前って食い気だけだな。俺にパティシエ勧めるのとか、単にお前が食いたいだけだろうが」
「……うっ。いーじゃん! アキが店開いたら私お客さん第一号になってあげるし! 常連になってあげるんだよ!?」
 そう言うとさらに玲はおかしそうに笑う。
 その笑顔が可愛くさえも見えてドキドキして、それをごまかすように美冬はツンと顔をそむける。
「笑いすぎ!」
「だって、お前面白いんだもん」
「お前お前言うな!!」
「はいはい、ミー」
 まるで猫のように、略され呼ばれた名前。
 その瞬間半端なく心臓が跳ねあがる。不整脈を起こしたようにドキドキドキ、と心臓の音が加速する。
(うあー! もうサイアク!!! このドキドキはイケメンの笑顔のせい! それだけなんだからね! 勘違いするなよー、私の脳!!!)
 半ばパニックになりながら心の中で叫ぶ。
「おい、顔赤いぞ」
 笑いをしずめた玲が不思議そうな眼差しを向けてくる。
「………暖房がききすぎてて暑いの!」
「あっそ」
 美冬は一人うんうん頷きながら温かいストレートティをがぶ飲みした。
 それからなんとか不整脈を治めて他愛のない話をし、店を出たのは5時を回ったころだった。
「そろそろ帰るか」
 駅のほうへと向かいながら玲が言った。
 それがなんとなくさびしく感じたが、もう十分付き合ってもらったのだし美冬はただ頷いた。
 玲が乗る電車は美冬とは逆方向で、改札を入ったところで別れることになる。
「今日は買い物まで付き合ってくれてありがとうね」
「あー」
 気のない返事の玲。
 とくに何もいうことはもうない。だから「ばいばい」と言って解散だ。
 妙にさびしいが。
「それじゃ―――」
「そうだ」
 バイバイ、意を決して言おうとした瞬間、突然玲がなにかを思いついたように声をかけてきた。
「なに?」
「お前、明日ひま?」
「え? なんで?」
「明日新作のケーキ作るんだけど、試食しねーか?」
「ええええ? わ、私が?」
「だってお前食うの大好きだろ?」
 思いもかけない誘いにまた不整脈がおきかけるが、続く言葉にムッとしてしまう。
「そんな食い意地はってないっつーの!!!」
「………」
「………」
 玲の白けたような眼差しにひるむことなく視線を返す。玲は大きなため息をつくと、
「ま、どうでもいいけど。お前味覚はちゃんとしてるみたいだし、意見聞いてみたいと思っただけなんだけどな。別にいいや。食い意地はってねーんだろうし」
「……っ! ちょっ! 待ったぁ!」
 はいさよなら、そんな雰囲気の玲に慌てて美冬は玲の腕をつかむ。
「食べる! 食べます! 食べさせて」
 勢い込んでそう言うと、玲は一瞬美冬をじっと見て、そして今日三度目の爆笑をしだした。
「了解。夜また連絡する」
「う、うん」
「じゃーな」
 軽く手を上げ、玲はさっさと去って行った。
 美冬は玲の姿が見えなくなるまでその場で立ち尽くしていた。
「………明日も会う約束しちゃった」
 ぼそりと呟く。
(っていうか……明日も二人っきりなのかな!?)
 不意に浮上した疑問に、美冬は何故か顔が熱くなっていくのを感じて、そして不整脈をはじめる心臓に悶えるように激しく首を振ったのだった。