『はじめのいっぽ――4がつ1にち。』
先生が、いた―――。
お昼の騒がしい街の人ごみの中で、私は先生を見つけた。
横断歩道の向こう側に、いた。
3月1日に高校を卒業して、1ヶ月。
1ヶ月ぶりに、見た先生。
学校で見ていた先生とは違う、ラフな格好をしている。
手に持っているのは紙の袋。本屋さんにでも行ったのかな?
先生は、国語の先生だった。
大好きな先生。
人気のある先生にはいつも女生徒がいっぱいであんまり近づくことができなかったけど。
授業中は一生懸命に先生の言葉を聴いて、先生を見つめてた。
先生の柔らかな声が教科書を読み上げるのが大好きだった。
どうしよう。
私は赤信号で立ち止まっている先生を見つめる。
こんなところで、出会えるなんて思ってもみなかった。
もうすぐ信号は青になって、たくさんの人たちが動き出すんだ。
先生も歩き出す。
どうしよう?
青になって、歩き出した。
一歩一歩近づく距離。
でも私は動けない。
先生は私に、気づいてない。
どうしよう!?
先生が一メートルほど右のほうを歩いている。
このままじゃ、通り過ぎちゃう。
「先生っ!」
チカチカと青信号が点滅してる。
先生は通り過ぎてく。
私は、走って先生の腕をつかんだ。
生成りのシャツの袖越しに、先生の体温が伝わってくる。
心臓が速くなって、自分の鼓動が、すごくうるさい。
耳のところに心臓がきてしまったような錯覚を覚えながら、私は先生を見つめた。
先生は驚いた顔で、私を見下ろす。
「先生……」
もう高校は卒業して、入学式はまだだけど、今日から大学生。
だから、先生―――。
言ってもいい?
「柚木? 久しぶりだな」
屈託のない笑顔で先生は笑う。
それは学校にいたころと変わらない笑顔。
生徒に見せてた"先生"の笑顔。
卒業しても、先生は先生。
だから、きっと他愛のない会話を一言二言交わして、きっと別れるんだろう。
でも。
そうしたら、もうきっと、会えない。
言えない。
先生の目に、もう映ることもなくなっちゃう。
そんなの、いや。
一瞬でも、いいから、生徒じゃなくって私を見てほしい。
私のこころを知ってほしい。
そう思ったら―――、勝手に口が動いてた。
「先生、好き」
もう生徒じゃないから、だから。
冗談じゃないのだと、ほんとうだって、信じて。
先生は、きょとんとして私を見つめる。
そして目を細めた。
「俺は、好きじゃない」
残酷で、でもわかっていた言葉。
そう言った先生は"先生"じゃない大人の顔をしてた。
うん、と頷いた。
わかってた答え。
でもやっぱりつらい。
でも、言いたかったの、どうしても。
私は先生の顔を見れなくって、「ばいばい」っ言って背を向けた。
でも次の瞬間―――、ぐいっと腕をひっぱられた。
そして振り向いた私の唇に、やわらかな感触。
ほんの一瞬で離れていったのは、先生の唇。
何が起こったのか、わかんなくって、でも急に顔が熱くなっていって―――。
先生は悪戯っぽく笑って、そして、
「っていうのは、ウソ」
今日は4月1日エイプリルフールだから、そう言って、
もう1回キスをされた。
「俺も、好き」
向けられた眼差しは優しくって。
これはウソじゃないぞ?、と先生は笑った。
「せんせ……?」
目頭が、熱くなって先生の顔がかすむ。
先生は笑いながら、私の手を引っ張って抱きしめた。
暖かい腕の中、嬉しくって苦しくって涙が溢れる。
「よろしく―――、葉奈」
そうして、4月1日、先生との新しい日々がはじまった。
fin。
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