※OSE本編第一部より後、第2部より前の設定です。




 願うならば







 「どうしたんだい、マリー?」
不思議そうに、だが目を細め微笑むハーヴィスの手が頬に触れ、マリアーヌは自分の行動に気づいた。
それは無意識のうちだったのだ。自分の手がハーヴィスの腕を握り締めてるという事実に驚きながらも手を離すことはできなかった。
どれだけ―――いや、どうしてこんなにも弱くなってしまったのだろうか。
オセの家に不法侵入者が出て1カ月が経っていた。
あのとき、目覚めたとき―――この男にほんの少しではあるが自分が心を開いてしまったことをマリアーヌは気づいていた。
それは驚くべきことであり、久しく感じたことのない心の動きで恥ずかしくもあった。
「どうしたの」
もう一度ゆっくりとハーヴィスが問う。
マリアーヌの目前に立ったハーヴィスはマリアーヌの頬に手をおいいたまま、顔を覗き込むようにわずかに背を折る。
ぎゅ、とさらにハーヴィスの腕を握る手に力を込めた。
「………今日」
自分は―――なにを言おうとしているのだろうか。
胸の内にくすぶる想いが喉元までせりあがっていて、それをわずかに残る誰にも気を許したくないという想いが引き留めている。
「マリー?」
頬にあった手が頭へと移動し、そっと撫でられる。
名を呼ぶ声が穏やかで、あきらかに自分を甘やかす響きを持っていることをマリアーヌは知っている。
だから―――ちいさく、呟いていた。
「………なの」
「え?」
唇を一度きつく噛み締め、震える声で今度はさきほどよりも少しだけ大きく、呟いた。
「今日……誕生日……なの」
そして俯いた。
言って、どうなるのだ、と頭の隅で声がする。
母親が死に、いやその前から誕生日は祝われることがなくなっていた。
それはすべて自分が起こしたことが原因だと理解している。
見知らぬ男に身を売った娘を母親は汚らわしいものだと認識し、誕生日を祝わなくなったのだから。
貧しくともいつもより一品でも料理が増えていた幼い日の誕生日を思い出す。
母親の膝の上に乗せられおめでとうと優しいキスを贈られたのを思い出す。
不意に、じわりと目の奥が熱くなる。
―――泣くなんて、ありえない。
そう、きつくきつく、またマリアーヌは唇をかみしめた。
そんなマリアーヌは自分の手がハーヴィスから離されたことに一瞬暗くなるも、次の瞬間には俯いた視界にハーヴィスが跪いたのが見え驚いた。
すぐにくハーヴィスがマリアーヌの手をとる。
無意識に拳を握りしめた手を撫でそっと開かせると、手の甲にキスを落とした。
さらにマリアーヌは驚き、いましがた感じた目の奥の熱も忘れハーヴィスを見た。
自分を買ったはずのこの男はにこりと綺麗な顔で笑う。
「お誕生日おめでとう、マリー」
そして、自分の欲しかったものを―――くれる、のだ。
言葉を出せずにいるマリアーヌにハーヴィスは手をとったまま立ちあがり、今度は額にキスを落とした。
「ケーキ、買いに行こう。カテリアも一緒に。ね?」
繋いだ手から伝わる暖かさ。
今度はさっきとは違う想いで、目の奥が熱くなった。
「………う……ん」
絡めるように手を繋ぎ直し促されるままハーヴィスとともに歩き出す。
しばらくして耳を打つのは聴きなれた"主"の鳴き声。
にゃぁ、と鳴き足にまとわりついてくる彼女を抱きあげる。
当たり前のように自分の腕の中で身を預けるカテリアに頬が緩んだ。
胸にすり寄るカテリアの体温と、繋いだ手の温もりに、胸の奥が暖かくなるのを感じる。
「カテリア、今日ね、私の誕生日なんだよ」
カテリアにそう囁けば、彼女は顔を上げてマリアーヌを見つめる。
にゃあ、と顔が近づきマリアーヌの頬をぺろりと舐めた。
くすぐったさに目を細め、ぎゅっとカテリアを抱きしめる。
「……ありがとう」
母を亡くし、ずっとひとりで生きていくのだろうと、思っていた。
だがいまたしかに二つの温もりが自分の傍にある。
できることならこの温もりが―――ずっとずっと傍にあってほしい。
マリアーヌは、そう密かに心の中で祈ったのだった。




 ―――end.
 

 


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2010,9,26