『sideA  nightmare-2』











 悪夢とはなんなのだろう。
 悪い夢?
 怖い夢?
 最悪な『現実』に直面したとき、人は夢であれば、と願う。
 残酷な世界。
 終わらない悪夢。
 悪夢は、いつからはじまったのだろうか。



















 シュッド・シンプトンがグライスを引き取ったとき、彼はまだ24歳だった。
 彼はneo earth大学の創立一期生徒で、とても優秀な成績を残して、同大学を卒業した。
 neo earth大学にはさまざまな学科がある。世界全土から学生たちは訪れる。
 シュッドは細胞についての研究をし、大学を卒業後は有名教授のもとで日々研究漬けの毎日を過ごしている。姉メイが亡くなったときは教授について地方の大学を回っているときだった。
 そのため連絡がなかなかつかず、葬儀に間に合わなかった。
 シュッドはグライスを引き取ることになり、新しく部屋を借りることにした。
 3歳のグライスに与えられた部屋はとても広く、そしてその中にはたくさんのおもちゃが買い揃えられていた。
 質素な生活を送ってきたグライスはたくさんの初めて見るおもちゃにすぐ心を奪われた。
 そして母親と同じ深い碧色の目をした叔父シュッドは母の面影を宿しており、打ち解けるのにそう時間はかからなかった。
 とはいってもシュッドは無口でほとんどグライスに話し掛けないし、グライスはおもちゃで一日中遊んでいるばかりだ。
 そして二人が暮らすようになって1週間たったとき、シュッドは仕事へいくことになった。
 引越しなどでもらっていた休暇が終わることになったのだ。
 シュッドは幼いグライスを呼んで、こう言った。
「俺は自分の家に他人が入り込むのが嫌いなんだ。だからベビーシッターは雇わない。朝食と夕食はなるべくお前と一緒に食べるようにする。昼食は俺が作っておく。だからお前は一人でこの家にいて、留守番をしていなきゃならない。
おもちゃで遊べばいいし。これから本棚も置いてたくさんの本を買ってくる。お前はまだ小さいが、一人で遊び、一人学ぶんだ。
それはお前の成長にもつながる。出来るな」
 大人子供隔てない鋭い視線でシュッドはグライスを見つめた。
 切れ長の目はいつも冴え冴えとしていて冷たい。整った顔立ちは美しく、だが無機質な感じがする。
 幼いグライスは叔父の内面を推し量るすべもなく、ただ従順に頷いた。
 そうしてグライスは一日中を一人過ごすこととなる。だが休日はシュッドがグライスに読み書きを教えた。
 だから最初はおもちゃだけに注がれていた興味は増えていく本に移ってゆき、4歳の誕生日にもらった聖書をグライスは必死で読みはじめた。
 二人の生活はただ淡々と過ぎていっていた。
 シュッドと暮らし始めて半年過ぎた頃までは、ただ淡々と。

























 3月。冷たかっただけの空気にわずかな暖かさが加わりだした。
 春を感じさせる風がふき、咲く花の種類もかわってゆく。
 そんな中、グライスの住むマンションの隣に新しい家族が引っ越してきた。
 グライスとシュッドの住むマンションは1フロアに一室づつで、3階にあった。グライスの部屋の窓はちょうど隣の家の庭に面していて、2階建ての隣の家を見下ろすようになっている。
 静かだったグライスの部屋に、隣の庭から犬の鳴き声と子供たちの笑い声が響いてくるようになった。
 毎日にすこしづつ聖書を読んでいたグライスはその暖かな家族の雰囲気が気になりだした。
 窓からそっとのぞくと、大きな犬と小さな男の子と女の子がじゃれあっていた。
 叔父と暮らす前は老夫婦に遊んでもらっていた。叔父と暮らし始めてからは本と叔父だけ。
 まったくといっていいほど他人との接点はなく、これまで同年代の子供たちと遊んだことさえなかった。
 だから庭で楽しそうに遊んでいる姉弟がとてもうらやましく、そして見ているだけでも胸が弾んだ。
 グライスは窓を少し開けて、隣の楽しそうな笑い声を聞きながら読書をするようになった。
 赤の他人。なんの接点もない家族の暖かな空気は、まったく関係がなくてもグライスを幸せな気分にされた。
 そうやって読書をしていたある日、いつものように昼近くになって窓を開けると隣家の娘が犬にエサを与えていた。
 フサフサした犬の毛並みを優しくなでている女の子。
 グライスは犬に触ったことがなく、とても興味深そうに犬に見入っていた。
 だから視線を感じたときに、びくりと心臓が跳ね上がった気がした。
 隣の家の女の子が、グライスの方を見上げていたのだ。
「おはよう」
 グライスよりも少し年上のような女の子は明るい笑顔でそう言った。
 一瞬グライスはその言葉が誰に向けられたのかわからなくて、ぽかんとした。
 そして自分への挨拶なのだと気づき、顔が熱くなるのを感じた。
 それと同時に、急激に心拍数があがる。他人の家を除き見していたことに、小さな罪悪感を感じてグライスはとっさに窓を閉めた。
 そして部屋の隅へといき、座り込む。
 女の子の声が耳から離れず、笑顔が頭から離れない。 
 まだグライスは4歳と少し。その間に接したのはごくわずかな人だけ。
 見知らぬ人との会話などしたことないから、恥ずかしくて怖くもあった。
 だがとっさに逃げて、窓を閉めたことに後悔し始める。
 なんで挨拶を返さなかったのだろうと、いう思いが支配する。
 グライスはちらちらと視線を窓のほうに向けた。
 そしてゆっくりと窓へと戻っていった。
 おそるおそる窓を開け、隣の庭を見る。
 ドキドキしながら見たそこには、もう女の子はいなかった。
 いたらどうしよう、と不安があった。
 いたらなんて話せばいいのだろうと不安があった。
 だがそこには誰もいなくて、グライスのなかに広がったのは寂しさだった。
 不安に入り混じった期待。
 グライスは静かに窓を閉め、しばらくしてまた聖書を読み出した。






















 その日は休日で、シュッドも休みだったので、買い物に行くことになった。
 ほとんどを家の中ですごしているグライスにとって週に1回ほどのこの買い物の時間がとても楽しみなものだった。
 車で20分ほどのショッピングモールへ行くだけ。いつも同じ道を通るだけなのだが、車の窓から見える景色にいつもグライスは目を輝かせていた。
 その日はとてもいい天気だった。
 澄み切った青空はどこまでもつづいているように思えるし、白い雲は手を伸ばせば届きそうにも思える。
 わずかに暖かさを加えはじめた風が、車の窓から流れ込む。
 しばらくして車はショッピングモールの駐車場へと入っていった。
 車をとめると、シュッドは店のほうへと向かう。
 一人先をゆくシュッドにグライスは慌ててその後を追った。
 シュッドの1〜2メートル後ろを小さな歩幅でついていく。
 いつもとくに並んで歩くわけでもない。シュッドはいつも自分のペースで動いているし、グライスはシュッドのあとをおいつつも物めずらしさについ足を止めてしまう。
 だから二人が連れ添うのはほとんど会計のときだけだった。
 グライスは何度もきているのに、いつもわくわくした眼差しであたりを見ながら歩いている。
 ふと目の端に赤いものが映った。
 それがなにかを確認するまえに「あっ」と声があがる。
 見るとグライスと同い年ぐらいの男の子が赤い風船を手から空へと解放していた。
 逃げ出した風船に慌てる子供と、それをつかまえようと手を伸ばす子供の父親。
 暖かな光景に、目を細め、赤い風船を目で追う。
 人の手から離れた風船は、青い空に向かうようにゆったりと昇ってゆく。
 どこまでいくのだろう。
 どこまでもいくのだろうか。
 首をこれ以上ないほど傾けて、空を仰ぐ。
 目にいっぱいにうつる青空。
 心がとても澄み切ってゆくのをかんじて、グライスは惚けていた。
 そしてそんなグライスに微笑みかけるような優しい声がかけられた。
「こんにちは」
 誰に向けられた言葉なのかはわからなく、だが聞き覚えのある声に顔を向けると、とたんにグライスの頬が赤く染まる。
 綺麗な亜麻色の髪をポニーテールに結った女の子が立っていた。
 その横に隠れるようにして男の子。
 隣の家の子供たちだ。
「お買い物?」
 女の子は屈託の無い笑顔を向ける。
 グライスは凍ったように立ち尽くして、視線をそらす。
 この前、挨拶をかけられたのにそれを無視してしまった自分を思う。
 だが今日もまた、自分は同じことをしようとしている。
 動悸がしてきて、グライスはもじもじと手をにぎったり開いたりさせる。
 ほんの数秒の逡巡ののち、グライスはちらりと視線をあげ、か細い声を出した。
「………うん」
 それは本当に小さな声だったが、女の子はにっこりと微笑む。
 それは誉めるような、安心させるような笑み。
「ねぇ、いくつ?」
 それまで女の子に隠れているように立っていた男の子が、興味津々に目を輝かせて聞いてきた。
「…4歳」
 小さく言うと、男の子は喜々とした表情で、女の子の手をひっぱる。
「やっぱり僕とおなじ年だったよ、お姉ちゃん」
 女の子は頷くように笑う。
「そうね。よかったね、シル」
 シル、と呼ばれた男の子はにこにこ笑いながらグライスのもとへやってきた。
「ぼくシルフィードっていうの。シルって呼ばれてるよ。お姉ちゃんはリーナ。きみはなんていう名前なの?」
 姉弟は優しい眼差しでグライスを見る。
 グライスははじめての名前の交換に、胸がドキドキする。
「…グライス……っていうの」
 ようやくの思いで声を絞り出す。
「グライス!」
 シルが明るいはっきりとした声で名を呼ぶ。
 叔父でも母でもない。大人以外の人から初めて呼ばれた名前。
 自分の名前なのに、なぜかとても新鮮で、胸の奥がむずがゆい。
「よろしくね!」
 グライスの目の前にさしだされた手。
 握手。
 人間関係が一歩進むための儀式。
 グライスは戸惑う。
 ためらいに視線をさまよわせるとリーナと目が合った。
 リーナはグライスより2・3つ上のようだった。
 シルを見る姉の眼差しでリーナはグライスを見つめる。
 その目が『大丈夫よ』と言っているようだった。
 何も怖いことはないのだ、と。
 グライスはうながされるようにおずおずと手を伸ばした。
 やわらかな感覚、体温。
 ギュッと手を握るシル。
 晴れやかな笑顔のシルにグライスも自然に笑みを浮かべた。
 そのとき、遠くのほうでシルたちを呼ぶ声が響いた。
 二人の両親が車のそばで手をふっている。
「もう行かなきゃ」
 リーナがシルの手をとった。
 シルの手が自分の手から離れてゆく瞬間、ひどく寂しさを感じた。
 姉弟はよく似た笑顔でグライスに手を振る。
「またね、グライス」
「今度遊ぼうね!」
 またね。
 グライスは顔をほころばせて、手を振りかえした。
「またね」
 声が二人に届いたかはわからない。
 だがとても暖かな気持ちが心の中に満ちていた。
 そして姉弟の姿を見送って、グライスはシュッドのもとへと走っていった。 何度も来たことのある店は、ついさっきの出会いによって、新鮮で明るく感じられた。
 自然と歩みは弾んで、なにを見るにも優しい気持ちになって頬が緩んでしまう。
 洋服を見ているシュッドを発見して、グライスはそばへと駆け寄った。
 シュッドはグライスを一瞥しただけで、すぐに商品に視線を戻す。
 たいした会話もなくシュッドは自分の分とグライスの洋服を買った。
 食料品も買いだめして、二人はレストランに入った。
 たいていご飯を食べて、家へと帰るのが通例となっている。
 グライスは大好きなオムライスを食べながら恥ずかしそうに「友達ができたみたい」と小声で言った。
 シュッドは無表情に「そうか」とだけ短く言った。
 そうして休日の一日は終わった。
























 次の日、シュッドが出勤していったあと、窓を開けると隣の庭にはシルとリーナが犬の世話をしていた。
 一番最初にグライスに気づいたのは犬で、そのあと姉弟がグライスに気づいた。
「「おはよう」」
 当たり前のように笑顔で自分に向けられた挨拶。
 グライスも緊張しながら笑顔でそれに応えた。
 そしてシルが遊びに誘い、グライスは隣の家へと足を踏み入れた。
 円満な家庭のにおいは、庭中に広がっていた。
 いろいろな鉢植えがあって、グライスは興味深そうに眺める。
 そして初めて犬に触った。
 恐々と伸ばされた手に、犬は楽しそうにグライスにじゃれついた。
 隣家での時間はとても楽しくあっという間だ。
 いままで知らなかった楽しいひと時。
 さんざん庭で遊んで、気づくともう昼を過ぎていた。
 姉弟の母が昼食の用意ができたと、庭に呼びにきた。
 グライスは挨拶をして帰ろうとすると、なんで帰るの?、とシルが不思議そうな顔をしていた。
 きょとんとするグライスに姉弟の母親が、あなたの分もあるのよ、と優しい笑顔を向ける。
 グライスは驚いくと同時に顔をほころばせる。昼食をご馳走になることになった。
 大きな楕円のテーブルにはとろとろのオムレツにサンドイッチ、ブルーベリーソースのかかったヨーグルトにオレンジジュース。
 これまで老夫婦や母親や、そしてシュッドと食卓をともにしてきた。だから寂しかったわけではない。
 だがリーナ・シルたちとの食卓はとても賑やかで笑いがたえない。
 その空気は心地よくて、すべてが明るく感じる。
 料理もいままでになく美味しく感じた。
 弾む話の途中、一緒に暮らすシュッドの話になり叔父だと説明した。
 パパやママは?、とシルが無邪気に尋ねてグライスは言葉を詰まらせたが、レゼが翳った表情から事情があることを察して話題をそらした。
「普段はなにをしているの?」
「本を読んだり…勉強したり」
 デザートを食べていた手を止める。
「読み書きはどうやって学んだの?」
 家にきたときはいくぶんオドオドしていたグライスだったが、よく喋ってみると利発そうな雰囲気をしている。興味深そうにレゼが問いかけた。
「シュ……叔父さんが勉強を教えてくれてるんです」
 シュッド、と呼びかけて、グライスは慌てて言い換える。
 勉強だけでなく、礼儀についてもシュッドは厳しくグライスに教えていた。
「そうなの。勉強は楽しい?」
「はい。いろいろなことを知っていくのはとても楽しいです」
 いくぶん緊張した声色だがしっかりとした言葉遣いにレゼは頷きながら微笑む。
「そう。えらいのね。なんの勉強がいちばん楽しいの?」
 グライスは小首をかしげ、数秒して言った。
「いま聖書を読んでいるんですけど、それが一番興味深くて好きです」
「そうなの。難しくない?」
 グライスははにかむように目を細める。
「難しいですけど…心に残る言葉が多いので」
 レゼはグライスの向学心とその信仰心に内心驚く。
「でも教会では会ったことないよね」
 リーナが言った。
『教会』
 神の家。
 グライスはそっと息を呑む。
 シュッドはいろんな本を与え、いろんなことを教えてくれる。聖書についても、聞けば答える。
 だがそれだけ。シュッドは信仰についてはなにも触れず、教会への礼拝などの話はまったくでない。
 なんとなく教会に行きたいということを言えず、ネットや本などで写真を見たことがあるだけだった。
「…叔父さんは忙しいので」
 だから行く暇がないのだ、と言い訳のようにグライスは呟く。
 レゼはややうつむいたグライスを見つめ、にっこりと笑いかけた。
「グライス。明日は時間があるかしら?」
 きょとんとして顔を上げるグライス。
「明日お弁当を持って、教会までお散歩に行きましょうか」
 お弁当という言葉にシルがいち早く反応し顔を輝かせる。
「ベーグルサンドがいい〜、ママー。アップルパイも食べたいー」
 レゼはハイハイと笑う。
 レーナは食べ物のことになると急に張り切るんだから、とシルの頭を軽く小突く。
 レゼは息子からグライスに視線を戻す。
 グライスは思わずため息をつくような愛らしい微笑を浮かべていた。
「ほんとに…連れてってくれるんですか…?」
 喜びにあふれた声。
 輝いた目で自分を見つめるグライスにレゼは優しく笑んだ。
「もちろんよ。皆で行きましょうね」



























 家に戻ったのはもう4時を回った頃だった。
 遊び疲れて、リビングのソファーに横になる。
 だが疲れといっても心地よい高揚感があって、きついわけではなかった。
 ゴロゴロとクッションに顔をうずめて、思い出し笑い。
 友達が出来るということが、こんなに楽しくて幸せだということをグライスは初めて知って、初めて実感していた。
 しばらく横になって、グライスは今日はまだ勉強をしていないことに気づいて部屋にいこうとした。
 キッチンの前を通り、ふと立ち止まる。
 シュッドが毎日昼食の用意をして出かけるのを思い出して、グライスは小走りに冷蔵庫へ向かった。
 開けるとサラダとサンドイッチが入っていた。
 グライスはそれを持ってリビングに戻る。
 毎日忙しいなかで用意していくシュッドを思うと、残しておくことはできなかった。
 頑張って食べ終わった頃には、もう満腹で勉強どころではなくなってしまった。
 結局グライスは満腹感と疲れでいつのまにかうたた寝をしていた。























 小さな物音がして、グライスは目を開けた。
 ソファーから起き上がってきょろきょろとする。
 まず時計が目に入って、今がもう8時過ぎだということを知る。
 そして視線を流していくと、キッチンにシュッドの後姿を見つけた。
「お帰りなさい」
 声をかけると、シュッドはちらりとグライスを見た。
「ああ。夕飯はもうすぐできる。テーブルの準備をしておいてくれ」
 頷いて、食器を出していく。
 冷蔵庫からジュースをだし、横目になんの料理かを見ると、ステーキにガーリックライス。
 見たとたん、満腹感を感じる。
 じっと料理を見ているグライスに気づき、シュッドが、なんだ、と訊く。
「あまり腹減っていないのか」
 グライスははっとしてわずかにうつむく。
「量を少なくしてほしいなら早く言え」
 短く言われて、言いにくそうに小声で告げる。
「あの今日…隣の一軒家の子達と友達になって…それで今日隣の家でお昼ご飯をご馳走になって…」
「ちゃんと礼は言ってきたのか」
「うん」
 シュッドはグライスを見下ろし、そして冷蔵庫の中に用意していた昼食がなかったことを思い出す。
「それで昼食を2回とって満腹なのか」
 小さく頷くグライスに、シュッドはため息をつく。
「無理してサンドイッチ食わなくてもよかったのに。まぁ、いい。あとでお腹すいたら食べればいいし、べつに明日食べてもいいからな」
 あっさりとした口調にほっとする。
 明日朝食べる、と言って、明日の予定を思い出す。
「あのシュッド…明日ね。隣のおばさんが…お弁当持って散歩に連れていってくれるって。だから明日のお昼ごはんは…」
 用意しなくていい、と言う前に、
「わかった」
声が響いた。
 そしてシュッドは火を止めて、ひざをつき、グライスと目線を同じにして見つめた。
「いいか、グライス。迷惑をかけないように気をつけろ。そして礼儀を忘れるなよ」
「はい」
「じゃぁお前は部屋で勉強でもしてろ。腹が減った時は温めて食べればいいから」
「うん。ありがとう、シュッド」
 グライスはほっとした微笑を浮かべる。
 シュッドはまた料理を再開する。
 数歩グライスが部屋へと足を向けたとき、思い出すように声がかかった。
「あと一つ」
 振り向くと、シュッドは背を向けたまま。
「この家には赤の他人はいれるな。これは約束だぞ」
「うん」
 そうして二人の会話は終わった。













2003/4/16/wed.