『sideB  perfect garden +7』









 季節は冬へと移り変わっていた。
 銀世界が広がる街並みはクリスマスのイルミネーションで飾られ、夜を明るく照らし出している。
 石造りの教会からは聖歌が聞こえてきていた。
 アール孤児院の子供たちによって結成された聖歌隊。
 その中にはシアリスもいて、アールの隣で歌っている。
 降り続く雪と少年少女の歌声に、教会の前では歩を止め、耳を澄ますものもいた。
 神父の指揮にあわせ、一生懸命に歌う。
 そんな中、ふっと神父が手を止めた。
「どうかしましたか? シアリスくん」
 歌は中断され、子供たちは一斉にシアリスを見た。
 顔を赤らめ、シアリスは「あの……トイレに行ってきていいですか」と呟いた。
 途端に笑い声が響き渡る。
「ほら、我慢してないでさっさと行ってこい」
 アールが優しくシアリスの背を押す。
 それじゃあ少し休憩にしましょう、と神父が言った。
 ひんやりとした廊下に出て、裏口の近くにあるトイレへと駆け込む。
 そうしてようやく落ち着いてトイレを後にすると、聖歌が聞こえてきた。
 少女達のみの声が歌っていた。
 休憩するといっていたが、きっとわからないところでもあったのだろう。
 シアリスは可愛らしい少女達の歌声を聞きながら、ふと足を止めた。
 窓の外に広がる銀世界を見つめる。
 昼過ぎに教会についたときにはまださほど降っていなかったが、いまはしんしんと降り積もっている。
 ふわっ、とガラス窓に向かって、シアリスは息を吐いた。
 真っ白に曇る窓。
 冷たい、でも綺麗な気配を感じる雪が、シアリスは大好きだった。
 その時、聖歌にまぎれ、なにかが聞こえてきたような気がした。




『あさひのごとく かがやきのぼり
 みひかりをもて くらきをてらし
 つちよりいでし ひとをいかしめ
 つきぬいのちを あとうるために
 いまあれましし きみをたたえよ アーメン』




 窓に耳をあてる。
 何も聞こえてこない。
 だが、白いものが見えた。
 人の吐息だと―――、シアリスは思った。
 誰かいるのだろうか?
 そう、シアリスは裏口から出た。
 雪は予想以上に深く積もっていて、静かにシアリスの足を沈みこませる。
 聖歌が遠のいたかわりに、今度ははっきりと聞こえてきた。
 泣き声、が――――。
 シアリスは目を見開く。
 視線の先には自分と同い年くらいの男の子が壁に背を預け座っていた。
 白い雪。教会からこぼれる暖かな光。
 そしてその男の子が身にまとった洋服に、顔についた―――赤。
 鮮やかではない、どす黒さを孕んだような赤い色。
 男の子は涙を流している。
 天を見上げ、赤く染まった頬に涙が透明の弧を幾筋も描いている。


 血。

 血?


 動けない。
 シアリスは動くことができなかった。
 


 やがて、男の子はゆっくりと立ち上がりふらつきながら去って行った。
 それを見送っても、シアリスは動くことができなかった。
「シアリス?」
 なかなか戻ってこないシアリスを探しにきたアールが怪訝そうに傍らに来た。
「なにやってんだ? こんなところで。おい―――?」
 蒼白に立ち尽くすシアリスに、アールは眉を寄せ、冷え切ったその手をとり教会の中へと引っ張った。
「どうしたんだ、なにがあった?」
 とりあえず戻ろうと、アールがシアリスを連れて行く。
 神父さま、シアリスの様子が―――。
 そうアールが話しているのが、シアリスには遠くのほうで聞こえた。
 どうしたんだい?
 神父がシアリスの目の前にくる。

 シアリス?

 膝をつき、心配そうに覗き込む神父。
 シアリスの目が、錆びついていたようにゆっくりと動く。
 神父を映し、そして視線は右へと移動する。
 その先にあるのは十字架。


 なぜ。

 声なく、シアリスは呟いた。


 血が。

 声なく、シアリスは呟いた。



 どうしたんだい――――?
 神父の声が遠くでする。


 どうして――――?



 世界にはいろんな人間がいるんだよ。
 子を捨てる親もいる。
 子を殺す親もいる。


 人は生まれながらに罪を背負って生きている。



「でも」



 では、あの血に染まった男の子もまた罪を背負い、そして今もまた罪に染まっているのだろうか?


 彼自身の意志で?



「本当に?」



 どうしたんだい?
 神父が問う。




「神父さま」



 救いを。
 いつか救いが。


 それは、いつ?





 本当は









 神様なんて――――。












 雪が、降り続く。









sideB end.
06/3/7up






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