『sideB perfect garden +6』
「シアリス! いけっ!」
叫ぶ声がした次の瞬間、シアリスがシュートをした。
砂に棒きれでゴールと描かれただけの位置にいるキーパーめがけてボールが飛ぶ。
もう少しでキーパーの手が届く、というところでボールはゴール内を通ってキーパーの後ろに転がっていった。
「やった!」
「先制ゴール!!」
シアリスの味方内から歓声があがる。喜び、手をたたき合うシアリスたちチーム。
あーあ、と悔しがりつつ、次は点を取るぞと息巻く対戦チーム。
アールは点を取られたほうのチームにいた。
とくに悔しがるでもなく、欠伸をかみ殺している。
再びキックオフ。
すぐに白熱したゲームが始まる。
アールも始まればそれなりに動きはする。
ボールを追いかけて走りながら、ふと近くにいたイアンに気づいた。
顔は真っ赤で汗だくになっている。
思わず苦笑しつつ視線を流すと、少しはなれたところにチャールズが見えた。
こちらはどう動けばいいのか戸惑っている様子で右往左往しているようだ。
一方二人のクラスメイトのシアリスは悠々と駆け回っている。
その差が妙におかしい。
「おい! シアリスをマークしろ!」
同じチームのダンに呼びかけられ、アールは仕方なくシアリスのほうへと駆ける。
頭ひとつ身長の低いシアリスを見下ろし、シアリスは立ちはだかったアールを見上げた。
視線が合う。
アールがふっと笑うと、シアリスもまた笑みを浮かべた。
それはいつもの素直で愛らしいものとは違う、やんちゃで戦闘的なものだ。
すっとシアリスがわずかに身をかがめ細かいドリブルでアールを抜こうとした。
もちろんアールが簡単にそれを許すはずもなく、すばやく横に並ぶとボールを奪う。
それを取り替えそうとシアリスも攻める。
アールがフェイントをかけ、後方にいた味方へとパスを出し、ボールは二人のもとから離れた。
あっというまにボールが遠のいていく。
「上手だね!」
弾んだ息でシアリスが話しかけてきた。
アールはにやりと「当たり前」と笑う。
一瞬シアリスはきょとんとして、声を上げて笑った。
あまり喋ることはないが、それでも仲が悪いというわけでもない。
アールは額の汗を拭っているシアリスをそっと見つめた。
その時―――、シアリスたちチームの守るゴールそばでどよめきが広がった。
シアリスとアールは顔を見合わせ、仲間たちが集まっているほうへと向う。
近づいていくとチャールズが転んでいる。
「どうしたんだ?」
アールがそばにいた仲間に聞くと、どうやらぶつかって転んだらしかった。
目に涙をにじませて、足を押さえている。ひざ小僧が少し擦り剥けていた。
「大丈夫?」
シアリスがチャールズのそばに屈みこむと、イアンがチャールズの変わりに首を振る。
「血がでてるよ。もう走れないよ!」
大げさな、とアールはため息をつく。
周りの仲間たちも同様のようで、戸惑っているようだ。
シアリスは心配気に眉を寄せて、ポケットからハンカチを取り出すとチャールズの膝に当てた。
「僕、向こうで休んでる」
チャールズが涙目で言い、イアンが支えるようにしてみんなの元から離れていく。
シアリスもまた「ついてるね」と二人と一緒に行ってしまった。
気がそがれたが仕方なく、残ったメンバーでゲームを再開した。
30分ほどしてゲームは終わり、子供たちはシアリスたちの周りで休憩した。
アールもまた汗をぬぐいながら、そのままどっかり地面に腰を下ろす。
乾いた風が心地いい。
シアリスのほうへと視線を向けると、数人の仲間たちに囲まれている。
イアンとチャールズという馴染みのない二人がいても、シアリスと一緒にいると楽しいのだろう。
不思議なやつだな、とアールは思わず笑う。
「飲み物持ってこようか」
女子たちが言い出した。
とたんに、俺は俺はと各自が飲みたいものを言い出す。
はいはいと笑いながら施設に入っていく少女たち。
シアリスが「僕が行ってくるよ」と声をかけた。
でも、とイアンたちを気にする少女たちに、
「僕、体動かしてないから疲れてないし。みんなは遊んでて! ―――イアンくん、チャールズくん、ちょっと待っててね」
そうシアリスはイアンたちに笑いかけると、建物の中へと走っていった。
笑顔でイアンたちはそれを見送った。
だがシアリスがいなくなり、余所余所しさが漂う。
イアンとチャールズは肩を寄せ合って、なにかひそひそと笑いながら喋っている。
シアリスのまわりに集まっていた仲間たちは所在無さ気にしていた。
「なぁ、イアンたちは学校ではどんな遊びしてんだ?」
しばらくして、少しでも打ち解けようと気さくな笑みを浮かべながらダンが尋ねた。
イアンとチャールズはきょとんとし、顔を見合わせると肩をすくめた。
「遊ぶ? 勉強くらいかな」
チャールズが目を細めて言う。
「そうそう。ぼくたちはパパの会社の後継者だから、遊んでいるヒマなんてないんだ」
まだ6歳というのに知ったような口調で、イアンは得意げに笑う。
ダンは返事につまり、周りの仲間に視線を流す。
イアンとチャールズには友達になろうという意識などない。
話があうはずがないのも当然だ―――。
アールは内心ため息をつき、ダンのそばに歩み寄りかけた。
そのとき、イアンが目を輝かせ好奇たっぷりに孤児院の子供たちを見渡した。
「ねぇ、ずっと思ってたんだけど。どうやって取りいったんだい?」
一様に怪訝な表情をアールたちは浮かべた。
「それ! ぼくも不思議だったんだぁ。でもシアリスくんって誰にでも優しいし、ねぇイアン」
チャールズがクスクスと笑いながら肘でイアンをつつく。
「いいよねー。おかげで君たちはいろんなものもらえるんでしょ?」
「ほんとラッキーだよね。シアリスくんに気に入られてさ」
頭が軋むのを、アールは感じた。
何も考えず、ただ楽しそうなこの二人にかける言葉がない。
いや、何も話し掛けたくない。
この二人はいま自分達をとりかこむ孤児院の子供たちがどのような眼差しでみているのか、それに気付いていないのだろうか?
ダンは呆然としていたが今は徐々に怒りをあらわにしている。
そばにいる仲間もそうだ。
皆、拳を握り締めている。
だが怒りを必死で押さえているのだ。
しかし、それを打ち破るように、チャールズがぽんと手を叩き「思い出した!」と叫んだ。
「ぎぜんしゃ」
チャールズが言った。
しん――――、とあたりが静まり返る。
「パパが言ってたんだー。シアリスくんちは慈善っていう偽善者なんだ――って」
でももこれはシアリスくんには内緒だよ?、とチャールズがとっておきの秘密を分け与えるように言った。
あははは、と能天気なイアンの笑い声が響く。
そして次の瞬間、このやろうッ!、という怒声とともにドサリと地面に転がる音が響いた。
チャールズが頬を押さえて、呆然と地面に倒れている。
イアンもまた凍りついたように、目を見開いている。
拳を振り上げたままの状態で、ダンが再び怒声を吐いた。
「ふざけんなッ!! シアリスは俺達の大切な仲間なんだ! バカにするんじゃねぇっ!!」
イアンとチャールズはびくりと身体を震わせる。
恐怖に顔をゆがめた二人に、ダンは歯軋りをし、拳を下ろす。
「どうしたの?」
シアリスの声が響いた。
シアリスは両手に抱えたペットボトルを地面に置き、異様な雰囲気の子供たちを見渡す。
そしてチャールズに視線を向けた。
シアリスと視線が合い、チャールズは緊張の糸が切れたように泣き出した。
イアンがチャールズにかけより、厳しい眼差しでダンを見て、シアリスに向け叫ぶ。
「あいつが突然チャールズを殴ったんだ!!」
「え―――?」
困惑に目を見開き、シアリスはダンを見る。
ダンは顔を歪め俯いた。
弁解もなにもしないダンに、チャールズが泣き叫ぶ。
「痛いッ! パパに言いつけてやるっ」
涙目のチャールズと、黙り込むダン。
二人をシアリスは戸惑いを隠せない様子で見比べている。
「……なにがあったの?」
しばらくしてシアリスが静かな声で訊いた。
「だから! あいつが突然殴ってきたんだ!」
チャールズがダンを指差し叫ぶ。
「……うん。わかった。ただ……どうしてそうなったのかを教えて欲しいんだ」
「知らないよっ! 親がいないから、きっと野蛮なんだっ」
イアンが顔を真赤にして言う。
眉を寄せて、シアリスは哀しそうにイアンを見つめる。
「ダンは野蛮じゃないよ。……なにか話してたの? 理由もなく、こんなことにはならないでしょう?」
イアンからダンへとシアリスが視線を向ける。そして再びチャールズへと向き直り、なにがあったのか教えて?、と言った。
チャールズは一旦口を開きかけ、そしてハッとしたように黙る。
『シアリスくんには内緒だよ?』
そう、チャールズ自身が言ったのだ。
それを本人に言えるはずがない。
イアンもそれに気付いたようで、チャールズとそっと顔を見合わせる。
そしてそのことをアールたちも言うはずがない。
しんと静まり返った中で、シアリスがダンとチャールズに合い中に立った。
「ダン―――なにがあったのかわからないけど、暴力はいけないと思うんだ。だからチャールズくんに謝って?」
シアリスは真摯な眼差しでダンを見つめる。そしてチャールズに視線を流し同じように、
「チャールズくんがどんなことを言ったのかわからないけど、もしかしたらダンを傷つけたのかもしれない。だから、ダンに謝って―――」
ダンとチャールズはそれぞれシアリスを見る。
前者は落ち着きを取り戻し、誠意をこめて「ごめん」と短く言った。
後者は目を見開き唇を噛み締め、ややして視線を逸らし「ごめんなさい」と言った。
「……それじゃあ仲直りだね!」
精一杯の笑顔をシアリスが二人に向ける。
そしてチャールズのもとへ歩み寄ると、手をかして立ち上がらせた。
「手当しよう?」
「………いい。家に帰ってからしてもらうから」
チャールズはシアリスの目を見ることなく呟いて、傍らのイアンの手を引っ張る。
イアンは「ぼくたち先に帰るよ」と告げ、チャールズとともに足早に去って行った。
二人を乗せたリムジンのエンジン音が門のほうから微かに響いてくる。そしてその音が遠ざかっていき、静けさが訪れた。
「ごめんな、シアリス」
ダンが小さく呟く。
まわりの子供たちもみな暗く沈んだ表情をしている。
「なんでダンが謝るの? たまにはケンカも必要だって、お父さんが言ってたよ」
なんとか場の雰囲気を変えようとシアリスが微笑む。
「そうだよ。もう別にいいさ。な?」
シアリスの傍らにたち、アールも笑った。
ようやくわずかに子供たちはほっとしたように頬を緩めた。
「っていうかさ! 腹減ったんだけど! おやつ食いにいかないか?」
大げさな手振りでお腹を叩き、アールが叫ぶ。
女子達はクスクスと笑いながら、男子達は「おやつー!」と掛け声を上げはじめる。
施設へと入っていく皆の姿を見つめているシアリス。
ポン、とその肩をアールが叩いた。
「お前のおかげで助かったよ」
そう、本当に思った。
どちらの味方をするでもなく、どちらに対しても謝罪と理解を求めたシアリスがアールには嬉しかった。
「………アール」
その声はさっきまでの凛としたものではなく、弱弱しいものだった。
シアリスの俯いた横顔を見ると、その目にうっすらと涙が浮かび上がっている。
「僕………"偽善者"なのかな」
アールは眉を寄せた。
聞こえていた、のか。
そんなことを微塵も感じさせなかった先ほどのシアリスを思い出し、アールは優しく頭を叩いた。
「なんでだよ? 俺たち、別にお前からなにかもらってるわけじゃねーし、遊んでるだけだろ?」
頷きながらも、ボロボロとシアリスは涙を流し始めた。
よほど気を張っていたのだろう。
アールは微苦笑しながらしわくちゃのハンカチを取り出し渡す。
「確かに、大人の中にはたまーにうそ臭い同情をふりまわす奴もいるけど。でもお前やお前の父親がそうじゃないってことは―――みんなわかってるよ」
第一、お前が本当にいい奴だってわかってるからこそ皆受け入れてるんだ。
仲間だと思っている、だからダンもチャールズを殴ってしまったんだ。
そう続くアールの言葉にハンカチに顔を押し当てて、シアリスは小さく頷いている。
「アールも……僕のこと友達だって思ってくれてる……?」
掠れた声で、躊躇いがちに響いてきた声に、アールは頬を緩める。
世間知らずのお坊ちゃん、そう思っていたが。
だが今は―――ー。
もちろん、と言おうとアールが口を開いた瞬間、遮られた。
「バッカみたい!」
厳しい響きをもつ声にシアリスとアールが顔を上げると、いつのまに来たのかミシェルがぬいぐるみを抱きしめ立っている。
「バッカじゃないの!」
そう再度、ミシェルは怒ったように言った。
アールはこのタイミングの悪さに内心ため息をつき、ミシェルを黙らせるように睨む。
シアリスは涙を止め、顔を強張らせている。
張り詰めた空気の中で、ミシェルがシアリスの前にやってきた。
そして綺麗にアイロンのかけられたハンカチを出しシアリスの涙をこするようにぬぐう。
「あんなバカなやつのために、シアリスが泣く必要なんてないのよっ」
相変わらずの怒った口調。
だがシアリスとアールはきょとんと表情を変えた。
「シ……シアリスが優しいってこと私だってわかってるもん」
強張っていたミシェルの顔は、だんだんと真赤になっていく。
「アールだって……わ……わたしだって……」
きょときょとと視線を動かしながら、ミシェルは声をしぼませていく。
そしてか細い声が、ようやくの思いで紡がれた。
「シアリスの友達なんだから」
だから、あんなバカな二人のことで泣かないのっ!!、そうミシェルは完熟トマトのように顔を赤くして叫んだ。
目を点にしてミシェルを見つめるシアリス。
少しの沈黙の後、こらえきれずにアールが吹き出した。
声をたてて笑うアールに、ムッとしたようにミシェルが頬を膨らませる。
「なによー! アール!!」
バシバシとミシェルがアールを叩いている。
もちろん痛くもなく、アールは「いやぁ、ミシェルもようやく一つ大人になったなって思ってさぁ」と笑いつづけている。
そんな二人を呆然と見ていたシアリスが再び大粒の涙をこぼしだした。
「……僕……ミシェルやアールの友達でいいの?」
顔をくしゃくしゃにしているシアリスに、ミシェルはもじもじと「友達よ」と呟く。
「そうそ。だから、ほら! もう泣くなよ。笑っているほうがいい、だろ?」
そう優しい笑顔でアールがシアリスを覗き込んだ。
シアリスはアールを見つめ、そして微笑んだ。
「うんっ」
そっと手を握ってきたミシェルの温もりが、とても嬉しかった。
06/3/7up
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