Bitter Sweets
06 - 12月9日。和人くんに気に入られている説について。


「あー、終わった〜!」
 テスト3日目の放課後、某ファーストフード店で美冬は大きく伸びをした。
「いや、まだ明日あるけどね」
 由宇がすぐに突っ込みを入れる。
「まーでも実質終わったもどうぜんだよね」
 と、遥もまた美冬と同じように晴れやかな表情で言った。
「だって明日は保健と家庭科だよー。ま、ちょっと勉強すれば大丈夫じゃない? なんとかなるなるー!」
 美冬は満面の笑顔でジュースを飲む。
 すでにテスト終了感満載の二人に由宇は呆れたようにため息をつきつつポテトを頬張った。
「ねーねー。それにしてもさー。和くんって美冬に気があるんじゃないのー?」
 遥が美冬のほうへと身を乗り出して、にやにやとする。
「はぁ?」
 意味わからん、というように美冬は眉を寄せる。
「由宇も思わない?」
 遥がそう振ると、由宇は美冬に視線を向け、
「まー。気に入られてはいるみたいだね」
 と、遠くもなく頷く。
「え? そうなの?」
 予想外のことに美冬はただぽかんとしてしまう。
 昨日図書館でのことを思い出すが、和人はみんなに優しくて、わからないところもすぐに教えてくれていた。
 勉強が終わったあとは顔見知りから『友達』になれたかな、と思うくらいには仲良くなっていたと思う。
 もちろん美冬にとっては自分だけでなく由宇や遥にとっても。
「そーだよー。もちろんうちらにも優しかったけどさ。なんか美冬にはすっごい親身っていうか!」
「確かに」
「……ええええー!?」
「いいないいなー! あんなイケメンに気に入られてるなんてー!」
 遥は目を輝かせて美冬を見つめている。
「え、いや。別にそうと決まったわけじゃ」
「あんまりタイプじゃないっけ?」
「くっついちゃえば?」
「はぁ?」
 由宇、遥と次々に問われて、美冬はあたふたする。その時、テーブルに出していた携帯がメールの受信音を鳴らした。
 見ると噂の人物・和人から。
『お疲れ様! テストどうだった? 今日はこれからどうするの?』
「………」
「どーしたの? ……あっ! 和くんからじゃないー!」
 横から覗きこんできた遥が美冬の携帯を奪う。
「ちょっと、遥?!」
 驚く美冬を無視して、カチカチと何か操作している遥。
「遥! なにしてんのってば!!!」
 ようやく奪い返して見てみると『送信完了』の文字。
「は? はぁ? なに送ったの?」
「ここにおいでよっていうお誘いメール」
「はぁぁ?」
 なんで?!、と焦る美冬の手の中で、すぐさまメール受信音が再び響く。
『了解。15分ほどで来れると思うから、待っててね』
「………」
「いいんじゃない? 美冬、高校入ってから彼氏いないでしょ」
 今現在高校二年の冬。以前彼氏と呼べる存在がいたのは中学3年の夏の一時期だけだった。
 それっきり彼氏もいなければ“恋”の字さえもない。
 由宇の言葉に戸惑いながら「でも知り合ったばっかりだし、友達なだけだし」と言うと、
「いーじゃん! 別にー! とりあえず今日会ってみて、いいカンジになったら流されればいいってだけ!」
 遥が何故かガッツポーズをして言いきった。
(流されって……意味わからん……)
 遥の気迫に押されて茫然としているうちに遥は由宇を急かして食事を進めていく。
 そして10分後、
「じゃ! がんばってね♪」
「ちょっとは勉強しなさいよ」
 遥と由宇がそう言って美冬を残して帰っていってしまった。
「え? えええ?」
 呆気にとられてほんの少ししたとき、
「みーちゃん!」
 と、名前を呼ばれた。
「早かったね、和人」
 相変わらず爽やかな笑顔でやってくる和人を見ながら、美冬はさっき遥が言っていたことを思い出していた。
『気があるんじゃない?』
(まさか……ねぇ?)
 そんなわけないだろう、と美冬は遥の言葉を心の中で打ち消す。
「意外に近いところにいたんだ。……あれ?」
 言いながら和人は美冬の前の席に腰を下ろすと、怪訝そうに首を傾げた。
「由宇ちゃんと、ハルルは?」
「あー、二人は、なんかよくわかんないんだけど、先帰っちゃって」
「へー、そうなんだ? じゃあ、二人っきりだね」
 にっこりと輝かんばかりの笑顔が向けられる。
『気があるんじゃない?』
『気に入られてはいるみたいだね』
 友人二人の言葉がよみがえってきて、急に意識しだしてしまう。
「……えっと、あのアキは?」
 それをごまかすように、先程の和人と同じように怪訝に問い返した。
「アキは所用」
 ん?、と首を傾げる。確か『所用』って言葉前にも聞いたような、と考えていると和人が美冬の目前まで顔を近づけてきた。
「みーちゃん、甘いもの好き?」
「ん? うん」
「みーちゃん、もう食べ終わってるし。俺の知ってる店でデザート食べない? 俺、そこで昼飯食うからさ」
 断る理由もなく、美冬は頷く。
 そして和人に案内されて行ったのは、小さなメルヘンチックな喫茶店だった。






 真っ白いお店だった。
 繁華街から少し外れたとこにあるこじんまりとした店。
 店の前には鉢植えがたくさん置かれていて色とりどりの花が咲いている。入口近くには『Fairy』と書かれた看板と木彫りのなにも入っていない鳥かごがつるされている。
「かわいいー……」
「中はもっと可愛いよ」
 和人は笑ってドアを開けると、美冬を促す。
 カランと音が鳴って、中に足を踏み入れる。瞬間フローラルな優しい香りがほんのりと鼻腔をくすぐった。
 物静かな店内。中もやっぱり白メインに緑が多く、そして西洋人形が飾られていた。
 カウンターとテーブル席が3席。あまり広いとは言い難いが、窮屈さは感じられない。
 テーブル席には女子高生が一組、OLらしき女性たちが一組座っていた。
「いらっしゃいませ」
 響いてきたのは若い男の声。
「よう」
 和人が軽く声をかけてカウンターへと向かっている。
「なんだ、お前か」
(店の人と知り合いなんだ?)
 美冬もまた和人を追って、カウンターへと歩いていく。
「お前もか」
 そしてかけられた声に目が点になった。
 ギャルソン風の恰好をした目つきの鋭い美形の男。愛想のかけらさえないクールな雰囲気。決してこの店にあっていない、男。
「え……アキ?」
 カウンターの中にいたのはアキ―――玲だった。