Limits









『プロローグ』





「先生はドSっぽいですよね」
 にっこり、営業スマイルのような笑みで女生徒が言った。
 橘樹は一瞬目を細め、楽しげに笑う。
「そう?」
「はい。だって、性格悪そう」
 そう言う女生徒は普段は品行方正・優等生と評判の美少女・広瀬綾。
「面白いなぁ、広瀬サンは」
 たまにある微妙なラインの会話。
 他の生徒にはさせない、入らせない、プライベートを含んだ会話。
 綾と目が、合う。
 そこでちょうど予鈴がなった。
「じゃぁ、よろしく」
 樹は教師然とした笑みを作り向ける。
「はい」
 答える綾もまた優等生らしい実直そうな笑みを浮かべていた。







 ―――――二年前。



 綾と初めて会ったのは暑い夏の日だった。
 夏休みを目前にした日曜日、樹は校内で行われる模試の試験監をするため休日出勤していた。
 うだるような暑さ。
 かったるい休日出勤のうさばらしに校庭の一角で煙草をすっていた。
 日陰で、風の通る場所。
 模試をしにきているのは中学生で、生徒たちは帰宅の途についている頃合だった。
 熱気を孕んだ空気。目に痛いほどの鮮やかな青い空に、紫煙が立ち上っていく。
 そこへ、やってきたのがカノジョだった。
 ジュースを片手に日陰をさがしてやってきた女子中学生。
 肩にかからないくらいの髪。サラサラと流れるその髪は陽射しに輝いていて、そして目を引く整った容姿。
 少女と目が合う。
 少女は樹を見て驚いたように立ち止まり固まった。
 理知的な光と意思の強そうな瞳。まだあどけなさがあるが、子供と大人のはざまにある微妙な色香を纏っている。
 妙に、惹かれた。

「――――名前は?」

 気がついたら、そう訊いていた。
 少女は戸惑ったように視線を泳がせ言った。

「広瀬……。広瀬綾です」

 それが、出会い。
 それが―――、すべての始まりだった。






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2009,4,25