『直哉の哀しき街角』












 素晴らしく良い天気だった。
 空は澄み渡っていて、真っ白な雲がゆっくりと秋風に流れていっている。
 秋も深まりつつある街角で、白石直哉は道路のベンチに腰掛けていた。
 彼はもう一時間近くそのベンチに座り、何度となくため息をついているのであった。
 彼は数日前、彼女を映画に誘ったが、あえなく断られ、一人寂しい週末を迎えているのである。
 そんな直哉の左手には映画のチケット。右手には携帯電話が握られていた。
 直哉は彼女である木之宮名乃に断られた映画のチケットを見る。
 それは名乃の好きそうな動物モノの映画だった。はっきりいって直哉はあまり興味はなかったが、名乃が喜ぶだろうと思って前売り券を買っていたのである。
 (…先週の週末も会えなかったんだよなー…)
 もう3週間ほど見送られっぱなしの前売り券。
 直哉は再びため息をつく。
(先週はなんだっけ…。あーそういえばあずさのファンクラブの会合があるとかなんとか……)
 そう考えて、直哉はふっと自嘲して、空を見上げた。
 数秒して、今度はケータイに目を落とす。
 ピピッとボタンを押していき、アドレスをスクロールさせる。
  そしてあずさの名前の所で止める。
 電話を、かける。
 だがすぐに、切る。
 ワンコールもならないうちに、かけてほんの一瞬で、切る。
 その手はかすかに震えていた。
 電話をかけたい。
『あ〜、あずさー? うちにさー親戚から大量にカニ送ってきてさー。みんなにおすそわけしようかなって思ってさ。……え? 名乃ちゃんとあすかが来てるのか? じゃあ、ちょうどいいから3人分持っていくよ』
 なんて適当なことを言ってあずさのうちに押しかけたい!
 だがそんな白々しい嘘をついてまで、あずさの家にいくことをプライドが許さない。
 それに行って、名乃の冷たい眼差しで見られるのも耐えられない。
 しつこいと思われるかもしれない。
 後者の考えが八割方占めている。
 しかしもう1ヶ月ちかくまともにデートしていないことを考えると、ちょっとぐらい名乃の気分を害そうがいいじゃないか。だって自分は彼氏なのだから!、そう直哉は思って、再び電話をかけようとした。
 数秒ボタンに指を置いたまま数秒。大きくため息をついて手を離した。
(もういいや…。家帰ろ…)
 こんなとこでずっと試行錯誤している自分が情けなくなって、直哉はまたまたため息をつくと腰を浮かせた。
「直哉?」
 直哉が顔を上げると、自転車に乗った松村勇気がいた。
「なにやってんだ? こんなとこで?」
 自転車にまたがったまま、きょとんとして勇気が聞いてくる。
 「別に…」
(ちっ、勇気か…)
 などと、勇気が聞いたら怒りそうな舌打ちをする直哉。
「お前さ、二時間ぐらい前からここにいただろー」
 勇気はあどけない顔で、あははは〜、と笑う。
「ちょっと用事があって向かいの通りを通ったときに、直哉に似てるなーって思ったんだよなー。そんでいま、帰ってたんだけどさー。まだいるんだもん」
 そう言って、勇気は笑いを止め、
「なんだ名乃ちゃんにデート断られでもして一人でクヨクヨしてんのか?」
 と言って、再び笑った。
 直哉は一瞬、顔を引きつらせ、顔を背ける。
「……うっさいよ。俺は優雅な休日の散歩を楽しんでたんだよ」
「優雅な休日ねー。じゃあ、忙しいんだ」
「ああ、忙しいんだよ」
 直哉は勇気から顔を背けたまま、強気で言った。
 内心は暇で暇でたまらないのだが…。
 勇気はふーんと、直哉を見る。
「なーんだ。おれ用事も終わったし、お前が暇ならいっしょにあそぼーかと思ったんだけど」
「……」
「いそがしーのか。じゃーしょうがないなー」
 (押しが弱いんだよ、お前は)
 などと直哉は忙しいといったくせに勝手なことを考えている。
  と、着メロが鳴り出した。
 勇気と直哉は一瞬顔を見合わせて、勇気がごそごそとポケットからケータイを取り出した。
「もしもし? え? うん」
 直哉はベンチに座りなおした。
「あー?? イチゴ大福と葛桜に練り切り、むらさめ…」
 どうやら和菓子の注文らしい。勇気の家は老舗の和菓子屋なのだ。
「って、コンビニでお菓子でも買ってろよー」
 勇気はいやそうに電話に向かって叫ぶ。
「なんでおれがわざわざ出前しなきゃいけないんだよー。和菓子の出前なんてないだろー」
 と口論しながら、数分、勇気は大きなため息をついて、電話を切った。
 めんどくさそうにケータイをポケットに入れる。
「忙しくなったみたいだな」
 直哉は勇気に声をかけた。
 勇気はぶつぶつ文句を言っていたが、妙な顔をして直哉を見た。
「なあ、直哉」
「ん?」
「お前、出前いく?」
「はぁ? なんでおれが」
「一緒行くか?」
「いくわけないだろー」
「あ、っそ」
 と意味ありげに小さく笑った。
「じゃあ、おれは和菓子を届けに行かなきゃいけないから」
「ああ」
(結局またヒマになるのか…)
 ぼんやり直哉は考え、胸の中でため息。
「さ、和菓子もって白鳥邸に配達だー」
 と勇気はわざとらしい大きな声で言った。
「じゃあな、直哉ー」
「じゃーな、勇気………………? ………!!!!」
 あっ、と思ってベンチから立ったときにはすでに、勇気が自転車で走り去った後だった。
(白鳥邸って…あずさの家じゃないかよ〜っ!!)
 すべてが、遅かった。

 そしてさらに小一時間後。
 試行錯誤した挙句に、直哉は白鳥邸前にいた。
 ピンポ〜ン、とインターホンを鳴らす。家政婦さんが出てきて、直哉は名を告げる。
「まあ、みなさんお揃いですよ」という家政婦の言葉に、直哉は(やっぱり来てよかった!)と思った。
 少しして、門が開き、直哉は軽い足取りで家の中へ入っていった。
 勝手しったる白鳥邸、あずさの部屋へと迷わず一直線。
 そしてようやくあずさの部屋の前へとたどり着き、直哉は勢い良くドアを開けた。
「おじゃましまーす」
 笑顔で言いながら、ざっと見回す。
 家政婦がいったとおり、いつものメンバーがそこにはいた。
 あずさにあすかに、そして勇気。
「………」
 三人はもぐもぐとお菓子を食べながら直哉を見る。
「………あれ……名乃……ちゃんは………?」
 そこに名乃の姿は無かった。
「なんか家から電話がかかってきて、用事ができたって帰ったわよ」
 あずさがあっさりと言った。
「え……」
 今にも泣きそうな顔で、直哉はがっくりと床に膝をついた。
「ところで何しに来たの」
 冷たいあずさの声が響く。
 そしてあまりに呆けて固まっている直哉に、三人は大爆笑したのであった。


Mini end.