『名乃ちゃんのある朝の風景』












「おはようございま〜す」
 朝の爽やかな通学路。一組の女生徒に向けて、生徒たちは黄色い声で挨拶をかける。
「おはよー」
 明るい笑顔で返事を返すのは、みんなが向かっている「聖華学園」の高等部生徒会長・白鳥あずさ。
「おはよう」
 落ち着いたトーンで、にっこりと笑顔を返すのは、同じく生徒会書記の早川あすか。
 美少女二人の通学風景をまわりの生徒たちは、羨望の眼差しで見ている。
 そんな中、一人の女生徒が息せき切って、学校への坂道を走ってきた。
 そしてあずさとあすかを見つけると、猛ダッシュで二人の横へ(あずさの隣)並ぶ。
「おはようございます〜! あずさ先輩。あすか先輩」
 元気一杯、笑顔満面。
「名乃ちゃん、おはよう〜」
 二人は中等部生徒会会計の木之宮名乃に笑顔を向ける。
「今日はあすか先輩、ゆっくりなんですね〜」
 いつもはすでに学校にいるあすかに名乃が言った。
「うん。きのう、あずさの家に泊まりに行ったから」
 一瞬、名乃の顔が絶望に凍りつく。
 それを見て、あすかが慌てて、取り繕う。
「ちょっと、相談があってね。今度は名乃ちゃんもいっしょに、あずさの家にお邪魔しにいこうね」
「うん。今度、おいでね、名乃ちゃん」
 と、あずさも相槌をうつ。
 とたんにパアッ、と顔を輝かせる名乃。
「本当ですか〜。あ、あの今度の土曜とかは……。あ…気が早すぎですよねー…」
 言って、しおらしく首を傾げる名乃。
「う〜ん。土曜日は用事があるからー。日曜日だったらいいよ」
「ほ、本当ですか〜!! 絶対絶対行きます〜。ケーキ焼いてきますね〜」
 最上の至福、とばかりに名乃は目を輝かせた。
「やったー。名乃ちゃんのケーキ美味しいよね〜」
 そしてそんなことを笑顔であずさが言ったから、名乃は壊れそうなぐらいの笑みを浮かべ、照れまくる。
(この子、ほんとうにあずさのことが好きなのねー…)
 名乃の健気な態度に、あすかはしみじみと(苦笑まじり)思いながら、名乃とあずさの会話を聞いていた。
 やがて三人は校門にたどり着いた。
 名乃とは校舎が違うのでここでお別れだ。
 捨てられた子犬のような瞳で、名乃はあずさを見つめる。
「あずさ先輩……あすか先輩、さようなら」
 遠距離恋愛中のカップルさながらぬ名乃の悲しそうな表情に、二人は出来るだけ明るく明るく、
「またね、名乃ちゃん」
と、声をかける。
「はい〜…」
「日曜日ね」
 あずさが笑って、言う。
 その約束に励まされるように、名乃は満面の笑みを浮かべた。
「はいっ! それでは、先輩方、お勉強頑張ってください」
 ぺこり、とお辞儀。
 それじゃーね〜、とあずさたちは別れた。
 あずさの家に遊びに行く約束を取り付けた名乃はルンルン気分で中等部の校舎へと向かう。
 そんな彼女に声がかかった。
「名乃ちゃ〜ん」
 振り向くと、高等部生徒会副会長の白石直哉が名乃のもとへ駆けてくる。
 黄金生徒会と呼ばれる生徒会メンバー。白石直哉は生徒会会計の松村勇気とともに女子の人気を二分する存在だ。(ちなみにあずさは男女問わず、人気ナンバーワンである)
「直哉くん」
 名乃は先輩であるにも関わらず、直哉のことを君付けで呼ぶ。
 二人は付き合っているのだが、知り合った頃から、直哉は名乃に先輩と呼ばれたことが無かった。
「名乃ちゃん、土曜日ヒマ? 映画見に行かない?」
 一見クールな感じのする直哉は、甘い笑顔で名乃に言った。
 名乃はきょとんとして、首を傾げる。
そして、
「土曜はケーキを焼かなくちゃいけないから、ダメ」
と、首を振った。
 あっさりと断られた直哉は、内心ひるみながらも笑顔を浮かべたまま、
「じゃあ、日曜日は?」
と、訊いた。
 すると名乃はこれ以上ないほどの笑みを浮かべる。
 つられて直哉も笑みを浮かべる。
(やった、日曜は久しぶりにデートだ)
 クールでかっこいい直哉先輩と思っている多くの女生徒がこれを聞いたら「?」と思ってしまうだろう。
「日曜日はあずさ先輩のお家にいくの〜。だから無理」
「え……。あ…、じゃあ俺も…」
 あずさと幼馴染である直哉は、そう言いかけた。
 だが、明らかに不満そうな表情をした名乃に直哉は笑みを引きつらせる。
「あすか先輩と三人で遊ぶの。女の子だけなの」
だから来るな、と遠まわしに(?)言っている名乃の言葉に、直哉は笑顔のまま、固まる。
 そして名乃は愛らしい笑顔を直哉に向け、
「それじゃ〜ね、直哉くん」
と、固まりつづける直哉にあっさり別れの言葉を残して、名乃は中等部校舎へと入っていった。
「………」
 直哉は校舎に消えていく名乃の後姿を、寂しい眼差しで見続けていた。
(名乃ちゃん……。俺たちって付き合ってるんだよね)
 そう聞いたならば、名乃は不思議そうに「うん」と言うだろう。
 だが、いつになったら優先順位があずさから自分になるのか…、直哉は日々悩むのであった。


mini end.

2002/9/30/mon.