secret 92  愛する人

久しぶりのゆーにーちゃんのキス。
ファーストキスもゆーにーちゃんで。
大人のキスを教えてくれたのもゆーにーちゃん。
全部、全部―――ゆーにーちゃんが教えてくれた。





***





パパとママと私とゆーにーちゃんと。
4人で一つの家族だった。
詳しいことは聞いてないけど、ママとゆーにーちゃんには身寄りがなくって、パパはママと結婚するときに駆け落ちして、そして絶縁状態になったらしい。
だから親類っていう人たちがいなくって、ほんとに4人だけの家族だった。
私にとってゆーにーちゃんは小さいころから自慢できる存在。
12歳違うゆーにーちゃんはお兄ちゃんみたいな感じだったけど、まわりの友達にいる″お兄ちゃん″よりもずっと優しくって私だけを特別扱いしてくれるのがとっても嬉しかった。
小さい頃はよく″ゆーにーちゃんのお嫁さんに″なるって言ってたっけ。
そして―――私が10歳のときの小学4年生の夏休み。
パパとママが事故で死んで、私とゆーにーちゃんはふたりぼっちになっちゃった。
正直、あの頃のことはよく覚えてない。
覚えてないけど、毎日怖くって怖くって不安でたまらなかった。
毎日のように泣き叫んでた気がする。
そんな私を支えてくれたのは、やっぱりゆーにーちゃんで。
当時大学生だったゆーにーちゃんがどんな気持ちで私のことを見ていたんだろうって―――たまに思う。
姉と義兄を亡くして哀しいはずなのに、ひとり生き残った姪の私は半狂乱で。
きっと大変だったんだろうって思う。
でも見捨てずにそばにいてくれたから、いまの私はあるんだってことはよくわかってる。
ゆーにーちゃんがいなかったら、私もいなかったかもしれない。
ずーっと怖い世界から抜け出せずにいたかもしれない。



事故後、壊れてた私の世界が少しづつ色づいていったのは中学に入ってから。
入学式のときに見た桜並木がすごく綺麗で―――感動して。
『ゆーにーちゃん、桜! きれい!』
興奮して私がそう言ったら、ゆーにーちゃんは驚いたような顔をして、そして泣きそうな、でも満面の笑顔で『キレイだね』って言ってくれた。
それから私とゆーにーちゃんは2人家族としての思い出をたくさん作っていった。
ただ大学生からすでに社会人になってたゆーにーちゃんは、私の目から見てどんどん大人になっていってちょっとだけ寂しかった。
テーブルを囲んで2人でしてた″勉強″が、ゆーにーちゃんは″仕事″になって。
携帯が鳴って出るゆーにーちゃんの喋り方が敬語を使ったものになってて。
私の知らない世界にいってしまってる気がして、切なかった。
そして優しくて素敵なゆーにーちゃんを好きにならないはずがなくって。
中学2年にあがって、友達に彼氏ができて。
いろんなところで恋バナを聞くようになって。
″叔父″を好き、なんて言えるはずがないから、ずっと友達の話を聞くことしかできなかった。
友達がファーストキスをした、なんて話してるのを聞いてうらやましく思ったりしてた。
いつだって私を最優先にしてくれてたゆーにーちゃん。
だけど、たまに―――女物の香水の匂いや、仕事帰りのはずなのにシャンプーの匂いがしたりしたときは―――どうしようもなく苦しくってしょうがなかった。
ゆーにーちゃんにとって私は″姪″で、″妹″のような存在で、″保護″してあげなきゃいけない立場のただの子供で。
ゆーにーちゃんがたまに連れて帰る女の香りに気づくたびに、焦燥感にかられた。
ゆーにーちゃんにとって私は大切な存在なのかもしれないけど。
でも―――一番になりたい。
ゆーにーちゃんの特別になりたい。
ずっと想って、気持ちが溢れちゃったのは高校に入ってからだった。
私は4月生まれで入学と同時に16になって―――なんとなく大人になった気分だった。
″結婚″だってできるんだし、なんてバカな理由で。
『ゆーにーちゃん、好きだよ』
入学式の終わった夜、そう言ったら、笑顔で『俺も』って言ってくれた。
それは私の望んだものじゃなくって″姪″としてのもので。
″叔父″と″姪″の関係を崩すのはすごく難しいんだって思った。
それに、私の想いが指し示すのは″近親相姦″ってことで。
でも、それでもいいから、私を見てほしいって、あのころはそればっかり考えてたような気がする。
ゆーにーちゃんに少しでも可愛いって思ってもらえるようにルームウェアに気を使って、美味しいって言ってもらえるように料理を頑張って。
それに私なりにアプローチもしてた。大人っぽい服を着てみたり……、ゆーにーちゃんにすり寄ったり。
高校入学して2週間くらいしたころ―――ゆーにーちゃんから話を切り出された。
″叔父″と″姪″は恋愛できないんだよ、って。

『知ってるよ』
『そう……なら、いい。実優も高校生なんだし、早く彼氏作ってみればいいよ』
『……いいの、ゆーにーちゃんは。私に彼氏できていいの?』
『いいよ』
『私はヤだよ! ゆーにーちゃんに彼女できるの』
『俺は作らないよ』
『なんで?』
『実優が結婚してからでいい』
『……意味わかんない! じゃあ私だって作らない! ゆーにーちゃんが結婚するまで作らない! だって、他に好きな人なんて出来ないもん!』
『バカだね、実優は……』
『バカでいいもん! 絶対ゆーにーちゃん以外に好きになったりしないもん! ずっとずっとゆーにーちゃんだけだもん!』
『………困ったな』
ため息混じりにゆーにーちゃんが顔を背けて、私はうつむいて堪えてた涙を一筋こぼしてしまった。
ゆーにーちゃんにとって私の″想い″は迷惑でしかないんだって、思って。
『―――2人とも結婚しないなら……ずっとこの家に2人きりになっちゃうな』
私に背を向けたゆーにーちゃんがぽつり呟いた。
『……それでいい……。″叔父″と″姪″でもゆーにーちゃんとずっと一緒でいられるなら、それでいい』
『―――俺は』
またため息をつくゆーにーちゃん。
『俺は、ヤダな。ずっと叔父と姪で一緒に暮らしてたら、そのうち発狂してしまうかもしれない』
一瞬、私のことを本当は嫌いだったのかとも思った。
言葉の意味が理解できなくって、顔を上げてゆーにーちゃんを見た。
ゆーにーちゃんは私の前に来て―――両手で私の頬を包み込むようにして上向かせた。
『実優、俺はね……実優が思うほどいい人間でも優しくもないよ?』
『………』
『実優が俺のことを好きで居続けるっていうなら―――』
『………ずっと好き……』
『俺のものにして、ずっと離さないよ?』
『………ゆ……』
驚いた瞬間、唇を塞がれた。
軽く触れたのは一瞬で、次には舌が強引に割って入ってきて。
それがファーストキスだった私にはついていくこともできないくらいの、強い刺激で。
ただゆーにーちゃんにしがみついていることしかできなかった。
『……ね? 俺は優しくないっていったろ? 逃げるならいまだよ?』
『………にげ、るわけ……ない』
『ほんとバカだね、実優は』
優しく笑って、またゆーにーちゃんはキスを落とした。
今度はそっと触れるだけのキスを。
でもその瞳は―――色欲に溢れてて。
初めて見る″男の人″みたいに思えた。
私はそれが消えないように、消えないうちにって、ゆーにーちゃんに抱きついた。
『後悔―――するよ、きっと』
消え入るような声でゆーにーちゃんが呟いて、激しいキスが降ってきた。
その日、私はゆーにーちゃんのものになった。
初めての痛みも、なにもかも、ゆーにーちゃんになら許せた。

だけど、半年も経たないうちにゆーにーちゃんは海外赴任が決まって。
離さないって言ってくれたのに、ゆーにーちゃんは私に『距離を置こう』と言った。


そしていままた―――ゆーにーちゃんの唇が、私を侵してる。