番外編 七香ツアーズin松原邸 3 

「あ、そうだ! 先生、紹介しておくね!」
思い出したように実優が私たちを見まわした。
「七香ちゃんと、羽純ちゃんと、和くんと捺くん」
いまさらながら紹介されて、
「こんにちわー」
って、会釈。
「ああ」
って、松原。
「で、この人が先生。あ、松原さん? もう先生じゃないもんね」
「別に先生でいい」
松原は私たちに向けてそう言った。
そうだよね。もう教師じゃないって言ったって松原さんって呼ぶのもねぇ。
「ええ!?」
だけどそれに反論したのは実優だった。
「いつも名前で呼べって脅す癖に!!」
「「「「………」」」」
「それにお仕置―――んんっ!!!」
実優がまだ何か叫びかけて、慌てた様子で松原が実優の口を手でふさいだ。
深いため息をついた松原が、「悪い、ちょっと失礼する」って言って、実優を引きずってリビングから出て行く。
「んんんんんんーー!!!」
口を塞がれたままの実優の叫ぶ声がリビングのドアがパタンと閉まる音で途切れた。
「「「………」」」
………お仕置……き?
って言いかけたよね。
「ラブラブね」
ぽかんとする私とバカコンビをよそに、やっぱり一人楽しそうな羽純。
羽純……あんたってほんと……。
まぁいまはそれよりも!
「ちょっと、バカコンビ!」
私はユタカと捺に向かって叫んだ。
「なんだよ」
不貞腐れたような顔の捺と、ただ視線だけを向けてくるユタカ。
「あんたらねー、もうちょっとなんか喋りなさいよ。盛り上げろ!」
「………別にふつーでいいだろ」
「しょっぱなからテンション上げてどうすんの」
ユタカがかったるそうに、捺もため息混じり。
こいつらめー……。
よっしゃ、奥の手だ!!
「まぁ別に私はさー、あんたらが喋ろうがどうしようがいいんだけどぉ。実優がやっぱりみんな和気あいあいとしてなきゃ気使っちゃうかもしれないじゃん?」
「………」
「………」
おいおい、顔色変わったよ……。
どんだけ単純だ、お前ら!!!
「七ちゃん。和くんや捺くんだってちゃんとわかってるよ。実優ちゃんの笑顔を曇らせるようなこと、2人に限ってないよ。きっとものすごく盛り上げてくれるはずだよ」
「「「………」」」
やっぱ羽純って……。
とりあえずまたユタカと捺の顔色がさらに変わった。
羽純のおかげかプレッシャーを感じてるみたいな、そんな表情。
よくいえば使命感に燃えてるよーな?
って、言いすぎか。
そんなこんなしてるあいだに、リビングのドアが開いて実優と松原が戻ってきた。
ちょっとやつれ気味な松原と、まだ口を尖らせてる実優。
でも……実優の頬がほんのり赤い。
あのー、なにやってたんですかー?
ユタカも捺もそれに気づいてるのか実優をガン見してる。
見すぎだっつーの!!!
でもって羽純はやっぱりにこにこして
「どうしたの?」
なんて、本当はわかってるだろうくせに声をかけるあたり……ほんとこいつは……。
「え? いや、あの……」
途端に真っ赤になる実優。
「「「………」」」
「突然席を外してすまなかったな。とりあえずお土産にもらったシュークリームでも食べよう」
松原は追求を拒むように話を方向転換させた。
ま、そーだよね。
「ほら」
わざわざ松原がシュークリームを実優に取ってあげて、実優は照れたように「ありがとう」っていうと一口食べた。
……だーかーらー……!
ユタカに捺!! ガン見すんなってーの!!!
「おいしー!!」
シュークリームを食べた実優がキッラキラ目を輝かせてテンションアップさせてる。
「すっごくめちゃくちゃ美味しいよ!!」
完全に気分がシュークリームにいってしまった実優を横目に見てほんのちょっとだけほっとしたようにコーヒーをすする松原。
うん……なんか、松原も大変だね!
「あ、あのね、そのシュークリーム、オレのいきつけの店のなんだ! うまいでしょ!?」
でもってさっきまでガン見してたくせに急に実優以上にテンションアップさせてそう言ったのは捺。
あー、よかったね。捺、気に入ってもらえて。
お土産選びも実は結構難航した。
ユタカは老舗和菓子屋の煎餅推しで、捺がこのシュークリーム。で、私はケーキで、羽純は焼き菓子詰め合わせ。
意外にユタカも「あそこの煎餅は絶品だ」なんて頑固だしー、まぁ私もケーキ食べたかったし、捺はシュークリームごり押しだし……。
羽純はどうでもいい感じだったからじゃんけんして、勝ったのが捺だった。
「ほんと、美味しい」
みんなも食べだして、羽純が言って、私も食べてみた。
確かに美味しい。
「へぇ、やるじゃん、捺」
私が捺に視線を向けると、捺は得意げにニヤッと笑う。
「オレのセレクトに間違いはない!」
「あっそ」
たかがシュークリームだろ、と突っ込みたいけど人んちだから短く返した。
それから話は新学期のことになった。
二年に進級した私たちは奇跡的にみんな同じクラス。うちの学校は2年と3年はクラス替えないから、このメンバーで卒業まで一緒ってこと。
バカコンビはどうでもいいとして、実優と羽純と同じクラスだったのはかなり嬉しかった。
学校のことをいろいろ話してたら、松原が立ち上がった。
「ごゆっくり。俺は向こうで仕事をしてくる」
私たちと、そして実優に言う松原。
「うん」
「「「はーい」」」
実優と私たちが頷いた―――次の瞬間。
「先生」
呼びとめたのは隣にいる羽純だった。