secret 141  kiss & kiss  

少しの間、先生に抱きしめられたままの状態でいた。
ちょっと恥ずかしくって顔をあげられなかったんだけど、そういえば……と思って訊いてみた。
「先生……、ゆーにーちゃんとなに話してたの?」
また″秘密″とか言われちゃうのかな?
ちらり先生を見上げてみる。
「あー……、まぁいろいろ」
「………私には言えない話? なんか先生とゆーにーちゃん仲良すぎ……。私だけ仲間はずれだし」
ぼそっと呟くと、先生がおかしそうに笑う。
「なんだそれ。お前ヤキモチ妬いてるのか?」
「へ? べ、別にそんなんじゃ!」
ほんとは……ゆーにーちゃんと、先生どちらにもヤキモチみたいなのをちょっとだけ感じたけど。
「ふーん?」
先生は私の気持ちなんてお見通しって感じでニヤニヤしてる。
ムッと顔を背けたら、グシャグシャと髪をかきまぜられた。
「今後のことを少し話してたんだよ」
笑いながらも、真面目な目で先生が私を見つめる。
「今後?」
「ああ。……あとで佐枝さんが言うはずだけど」
「……うん?」
なんだろう。
先生の真剣な表情に、ドキドキ不安になっちゃう。
「少し日程が早まって、一週間後の土曜にニューヨークに戻ることになったらしい」
「………」
ぽかんとして、しばらく先生を見上げてた。
「………え、あ」
すっかり頭から抜け落ちてた。
すっかり忘れちゃってた―――けど、そうだ、ゆーにーちゃんは向こうに戻っちゃうんだ。
当たり前のことのはずなんだけど、ショックでたまらない。
ゆーにーちゃんがまたいなくなるなんて、それだけで寂しくってしかたないから。
「……大丈夫か?」
らしくないほど、優しく先生が頭を撫でてくれる。
「………」
小さく頷くとギュッと抱きしめられて。
「―――大丈夫だ」
短く、だけど強い一言に、私もギュッと抱きしめ返した。
先生の腕の中は暖かくって心がだんだんと落ち着いてく。
でも……不意にひとつ湧き上がってきた不安に、そっと先生の顔をうかがった。
「どうした?」
「………あの」
「ん?」
「……えっと……ごめんなさい」
小声で謝ると、先生は不思議そうな顔をする。
「なんだ?」
「………その……ほかの男の人のことで……あの……」
なんて言えばいいのかわかんなくって、結局うつむいてしまう。
ずっとゆーにーちゃんの気持ちを考えずに、先生のことで悩んでた。
ゆーにーちゃんの腕の中で先生のことを考えてた私は最悪だった。
だから、いま……ゆーにーちゃんんのことしか考えられなくなってるから、先生に申し訳ない気持ちになった。
「お前、バカ」
大きなため息を吐く先生。
「意味不明なこと考えてんだろ。他の男って佐枝さんだろ? お前にとって″ゆーにーちゃん″は大切な存在なんだろ? そんな人がいなくなるんだから寂しくなって当然だろうが」
また、今度はさっきよりも激しく髪をグシャグシャにされた。
「俺より″ゆーにーちゃん″が男として好きで寂しいとか言うなら、別だけど」
「………」
「まぁそんなこと言ったらお仕置きだな」
「………」
「なんだよ。お前……まさか」
「……え? あ……、ち、ちが! す、好きなのは先生だけ!!」
ぎろりにらまれて焦って叫ぶと、ニヤッて先生が笑って。
してやられた、と気づく。
「ふーん、そんなに俺のことが好きなんだな?」
「………そこそこ?」
「大好きなくせに」
「………先生こそ……私のこと大好きなくせに」
「そーだけど?」
「………」
先生と話してると頭の中が本当にバカになっちゃう気がする。
バカみたいに―――幸せすぎて。
「………せんせ」
なんだ、って先生が口を開く前に、ちゅっと触れるだけのキスをする。
一瞬驚いたようにしたけど、すぐに先生から深いキスを返された。
「―――……俺がずっと傍にいるから、心配するな」
キスの余韻でぼうっとしてる私に、先生が囁く。
「それにニューヨークくらい俺がいつでも連れてってやるよ」
頬を撫でられて、なんでもないことみたいに言う先生に、自然と笑顔がこぼれた。
うん、って頷く私にもう一度先生は優しいキスをくれた。








それから先生は私の部屋を物色しだして。
やめてって言ったのに、タンスまでチェックしだして……。
下着に色気がない、なんて言われるし……。
「変態!! バカ!!」
いいかげん俺様過ぎる先生に本気で怒ってたら、ゆーにーちゃんが帰ってきた。
「仲良しだね」
なんて笑顔を向けられて、必死で「そんなことない」って否定してたら先生からものすごくにらまれた。
そして先生が帰ることになって、私は駐車場まで見送りに一緒に下りてきた。
静かな駐車場に先生の車のエンジン音が響く。
「じゃあ、また来週な」
運転席の開いた窓越し、煙草を取り出しながら先生が言う。
「はーい」
明日は日曜で、先生も仕事はお休みみたいだけど、明日はゆーにーちゃんと過ごすことにした。
明日のことも来週の土曜のことも先生とゆーにーちゃんは話あってたみたいで、土曜日先生が空港まで送ってくれるらしい。
「なんかあったら電話してこいよ」
でもそれまでの平日先生に会うのは難しい。
やっぱり仕事が忙しいみたいだし、それに私もゆーにーちゃんが渡米するまでは毎日夕食を作ってあげたかったから、一週間先生には会えないと思う。
「うん。先生も、寂しくなったらかけてきていいよ?」
ほんとは今だってすごく寂しい。
きのう想いを伝えるまでは離れてたのに。
たった一日一緒にいただけなのに、もうずっと一緒にいたみたいに感じる。
一週間も会えないなんて、寂しくってたまらない。
「実優」
呼ばれて、手招きされて近づくと、後頭部に先生の手が回る。
引き寄せられて、もう何回したかわからないキスを交わす。
肌寒さも忘れちゃうくらい、熱く先生の舌に翻弄されてしまう。
「………ん……」
誰かに見られたらって思うけど、キスが終わったら先生が帰ってしまうって思うと寂しくって、夢中で舌を絡め合わせてた。
最後にリップ音をたてて先生の唇が離れて行った。
名残惜しくてじっと先生を見つめる。
「電話しろよ」
「うん」
「俺も電話する」
「うん」
「連れて帰りてーな」
「………」
さりげなく言われた言葉に、目が潤んじゃう。
先生は笑いながら私の目元をハンカチで拭った。
「ま、それはまた今度な」
小さく笑って先生はぽんぽんと私の頭をそっと叩く。
「ちゃんと″ゆーにーちゃん″孝行しろよ」
「……うんっ」
「じゃーな」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
軽く手を振って―――走り去っていく車を見送った。
後に残ったのはほんの少しの煙草の匂い。
でもそれも外気にあっというまに消えちゃって。
寂しくってしょうがないけど……、でも気持ちはちゃんと繋がってるから、だから大丈夫。
ひんやりとした夜の空気にそっと吐息をついて、部屋に戻っていった。