secret 115  嵐  

「ただいま、実優」
ガチャッとリビングのドアが開いて、足音が入ってくる。
響いたのは明るい―――ゆーにーちゃんの声。
私は勢いよくクッションから顔を上げて、声のした方をみた。
ほんのり顔を赤くしたゆーにーちゃんが立っている。
ゆーにーちゃんからは微かにアルコールの匂いがしていて、少し酔っているような雰囲気がしてた。
「…………おか……えり」
私がそう言ったのはしばらくしてから。
呆然として、声が出なかったから。
「……どうかした?」
ゆーにーちゃんが不思議そうに首を傾げる。
私は壊れたオモチャみたいに、ぎこちなく首を横に振る。
「なんでも……ない。ね、ねむくて……ぼーっとしてて」
声を絞り出す。
ゆーにーちゃんは小さく笑うと、私の隣に腰を下ろした。
「はい、お土産。約束のケーキ」
「……ありがとう」
「夕食はなに食べた?」
「……え? あ、えと、ま、まだ」
とくに意味なんてないだろうゆーにーちゃんの問いかけに、どもりながらも素直に言ってしまう。
でもすぐにハッとしちゃう。
いま、何時だろう。
確かゆーにーちゃんは遅くなるって言ってたし……もう夜遅いのかもしれない。
それなのに、夕食をとってないなんておかしいよね?
「………あの、お菓子食べ過ぎてお腹減ってなくって」
「………そっか。じゃあケーキはどうする?」
「………明日食べるね。夜食べると……太っちゃうし」
よく考えてみれば朝ごはんを食べてからなにも食べてないことに気づく。
でも食欲がない。
隣にいるゆーにーちゃんに、さっきまでの胸の苦しさが倍増してる。
私は、この人を―――。
「了解。じゃあお風呂でも入ろうかな」
ゆーにーちゃんがネクタイを緩めながら言ったから、慌てて立ち上がった。
「わ、私、お風呂の用意してくるね」
「ありがとう」
笑えてたかわかんない。
笑顔をつくって言って、リビングを出て行った。
バスルームに入って、胸を押さえる。
ドキンドキンって大きく強く心臓が脈打ってるのがわかる。
それが痛いくらいに感じて、口をぎゅっと押さえた。
身体が震えてしまう。
私。
私―――………″約束″を。
ゆーにーちゃんとした″約束″を、破ってしまった。
もう誰も、ゆーにーちゃん以外の誰にも触らせないって誓ったのに。
ゆーにーちゃんを裏切ってしまった。
その事実に胸の奥が軋むのを感じる。
「………っ……ど、う……しよう……」
ゆーにーちゃんと″離れてた″ときじゃない。
ゆーにーちゃんが″傍にいる″のに。
ゆーにーちゃんがまた私を″選んだ″のに。
ぐるぐる、ぐるぐる、頭が回る。
どうしよう、どうしようってそればっかり浮かんで。
だけど私は必死で身体を動かして、お風呂の準備をした。
気づかれちゃ、だめだって思ったから。
絶対、ゆーにーちゃんにばれちゃだめだって思ったから。
今日のことは……絶対に言えない。
もう。
もう、絶対、絶対、ゆーにーちゃんを傷つけたくないから。
裏切った私が、そんなことを考えること自体おかしいのかもしれないけど。
でも――――私はゆーにーちゃんが……。
「実優?」
「………っ! び、びっくりしたぁ」
バスタオルを持ったまま立ち尽くしてた私に、ゆーにーちゃんが苦笑する。
「またぼーっとしてたの?」
「………う、ん。眠い……のかな。あの、先に―――」
寝ようかなって言おうとした私の身体は、一瞬でゆーにーちゃんの腕の中にいた。
「今日はパーティで疲れたな」
私を抱きしめて、ゆーにーちゃんがため息をつく。
「……お疲れ様。お風呂でゆっくり疲れをとってね」
ゆーにーちゃんの背を撫でる。
ぎゅっとさらにきつく抱きしめられて。
「……実優、顔上げて?」
言われるままに顔を上げて、唇を塞がれた。
びくん、と身体が大きく震える。
一瞬―――ゆーにーちゃんの身体を押し返そうとして、寸前で止めた。
その背に手をまわすことができずに、ただキスを受け止める。
ゆーにーちゃんのキスはお酒の匂いがしてた。
やっぱり少し酔っているのかいつもより激しく口内を這いまわる舌。
「………ん……っ……」
絡まってくる舌に、応えることができなくって、翻弄される。
長いキスに息が苦しくなってきた頃ようやく解放されて、きつく抱きしめられた。
「……実優」
「………ん」
「……一緒にお風呂入ろう?」
「…………」
「……ダメ?」
「………きょ……今日は……疲れてるから……もう……」
言い終わる前に、少しだけゆーにーちゃんが腕の力を緩めて、私を見た。
「今日だけ、俺のわがまま聞いてくれないかな……。実優と一緒に入りたい」
目を細めるゆーにーちゃん。
「……………うん」
決して無理強いなんてしないゆーにーちゃんが望むことなら、してあげたい。
それに私はゆーにーちゃんを―――拒むことなんて……できない。
ゆーにーちゃんの手がゆっくり私の服を脱がせていくのを、ただぼんやりと見ていた。
そして今日何度目かのお風呂に一緒に入った。












「………っ……ぁ……」
ひどく頭が痛い。
ズキズキ軋むように痛む頭は―――だんだんと快感の色に染まっていく。
ゆーにーちゃんの手は私の全部を丁寧に洗って。
ゆーにーちゃんの唇は私の全部にキスを落としていった。
「……んっ、……ぁっ……や……」
シャワーの音と湯気が充満してる。
壁に押し付けられ、ナカに入ってるゆーにーちゃんのを感じながら、そう言えば似たような状況があったな、なんてことを思った。
激しく突き上げられて、ゆーにーちゃんにしがみついて。
どうしようもなく生まれてしまう快感に身体を震わせて。
最奥にたたきつけられるゆーにーちゃんの欲を私のナカは蠢くようにそれを絞り取って。
迎えた絶頂に頭が朦朧とするのを感じながら―――、それでも、ひどく頭が痛かった。
そして、果てたにも関わらず続けてはじまる律動に、ただ身体を揺さぶられる。
気が遠くなるくらいの快感の中で。
何時間か前に感じた先生の痕が消えていってしまうのが、少しだけ、寂しかった。