secret 114  嵐  

先生の欲を吐き出されたあと、私はシャワーを浴びて服を着た。
濡れたまま放置されてた洋服は袋に入れる。
先生はリビングで煙草を吸ってた。
行為が終わった後、喋ったのは私がシャワーを貸してほしいって言ったことくらいだ。
「………先生」
リビングのドアを開けて、中に入ることなくそこで声をかける。
中に入ったらまた帰るきっかけをなくして、ずっとそばにいてしまいそうな気がした。
先生は煙草を消してから私のところに来た。
先生の目が見れなくって、少しだけ逸らした状態で口を開く。
「……帰ります」
「……タクシー代」
一万円札を差し出されて首を振った。
「大丈夫です……。帰る分の金額くらいは財布に入ってるから……」
「………」
先生は何も言わずに一万円札をズボンのポケットにしまった。
重い空気と、じっと私を見つめる先生の視線に耐えれなくって背を向けて玄関に行く。
履いてきてたスニーカーも雨水を吸いこんでて足を入れるとじゅっと水があふれる。不快だけどしょうがない。
私はちらっと先生を振りかえって、
「お邪魔しました」
そう言って少しだけ頭を下げた。
玄関のドアノブに手をかけようとして―――ぐっと腕を掴まれた。
「実優」
……怖くて、顔を上げれない。
私は俯いてることしかできずに、沈黙する。
自分でここへ来たのに。
自分で先生を求めたのに。
なにを言われるかわからなくって、怖い。
熱が冷めて、頭の中にぐるぐる渦巻いているのは―――先生の噂で。
そして女の人の影、で。
先生が私を抱いたのは別に―――……別に……。
「顔、上げろ」
私の思考を断つように、先生の声が響く。
私はゆっくり顔を上げた。
先生は真剣な目で私を見つめてる。
ドキドキ胸が苦しい。
先生に掴まれた腕が熱い。
「…………」
「………俺とお前はもうセフレじゃないぞ」
少しして、先生が私を見つめたまま言った。
「そのこと、わかってるか?」
―――わかってる。
あの日、私と先生の関係は解消されたってこと。
先生は私に顔を見せるなって、言った。
でも、私は今日ここに来てしまった。
「………わかってます」
「ほんとうに?」
そう、だ。私は先生に飽きたってって言われたんだった。
でも、でも、先生は私を抱いて。
頭がごちゃごちゃしてくる。
なにをどう考えればいいのかわかんなくなってくる。
私は、私は―――……。
「お前さ………」
ほんの少し眉を寄せて先生が呟く。
「お前………―――ゆ………」
だけど言いかけた言葉を途中で途切れさせて、ため息をついた。
視線が逸らされる。でも、まだ手は掴まれたまま。
「いや、いい」
軽く頭を横に振って、ようやく先生は私から手を離した。
それが、少しだけ寂しかった。
離されたら、もう終わりって感じがして、哀しかった。
「………先生」
「……なんだ?」
「…………」
噂―――本当ですか?
そう訊きたかった。
だけど言葉は喉元で張り付いてしまったように出てこない。
代わりに出てきたのは―――。
「……お邪魔しました。迷惑かけてごめんなさい」
それだけだった。
「…………いや」
先生の声を聞きながらドアノブに手をかけて、ドアを開いた。
外は、雨が止んでた。
「……それじゃあ……」
さようなら、とは言えなくって。
曖昧に言って、先生の返事も待たずにドアを閉めた。
「………っ」
唇を噛み締める。
今出てきたばっかりなのに、もう、また、先生に会いたくってしかたない。
私はじっとドアを見つめて、しばらくしてマンションを出ていった。









帰って来てからリビングでぼーっとしてた。
クッションを抱きしめて動くこともできなくって、ただぼーっと。
頭に浮かぶのは先生のことばっかり。
ぐるぐるぐるぐる、結局聞けなかったことばっかりが頭の中を回ってる。
先生が学校を辞めたら、もうほんとうに会えなくなる……とか。
先生はほんとうに結婚しちゃうんだろうか……とか。
そんなことばっかり考えて、苦しくって。
でも私は―――一番大切なことを、考えてなかった。
先生が別れ際に言った言葉の意味とか。
私自身が先生を望んだ理由とか、なにも、考えてなかった。
ただ不安で切なくて苦しくて、頭が痛い。
押しつぶされそうになるマイナスな感情に、ただただクッションに顔をうずめることしかできてなかった。
そして私は、重大なことを忘れていて。
それに気付いたのはリビングのドアが開く音でだった。