secret 110  嵐  

「どこで買おうかな……。どこか特売してたかなぁ」
ぼんやりドラッグストアを探して歩いてる。
大きなドラッグストアのほうが安いかな?
マンションを出て、もう20分くらい歩いているような気がする。
どんどん頭痛がひどくなっていって、次見つけたドラッグストアで薬を買おうって決めた。
それからまた20分くらい歩いて。
ようやく私は目に入ったドラッグストアで頭痛薬を買った。
ミネラルウォーターも一緒に買って、薬を飲んだ。
効くのにどれくらいかかるんだろう。
30分かな、1時間かな。
歩くのもきつい。
どこかで休みたいって思って、あたりを見渡したら小さな公園があった。
そこに行ってベンチに座って休憩することにした。
日曜日の公園は意外にも人がいなかった。
日曜日はもっと大きな公園なんかに遊びに行くのかもしれない。
誰もいない公園を見てると、なんだか寂しくなってくる。
私こんなところでなにしてるんだろうって。
だから、泣きたくなるのかな?
ため息をついて、ミネラルウォーターをごくごく飲んだ。
静かな公園でただぼうっとする。
頭痛はまだおさまらないのに、薬のせいかちょっとだけ眠気を感じた。
「………痛い」
頭じゃなくって、左手が痛かった。
なんだろうって思って手を見たら、ぎゅっとメガネを握り締めてた。
変形しちゃうんじゃないかってくらいに知らないうちに力を込めてたみたい。
慌てて手を離すと、メガネは地面に落ちてしまった。
落ちたメガネをぼんやり眺める。
先生……メガネなくって……あのあと大丈夫だったのかな。
いまさらだけど、そんなことが気になった。
もうメガネは新しく買ったんだろうか。
たしかスペアがあったはずだから、それを使ってるんだろうか。
もう2週間会ってないから、私にはわからない。
これから先も会わないだろうから、ずっと私にはわからないことなんだろう。
メガネを取って、かけてみた。
「…………」
すぐに外した。
メガネは伊達だった。
度なんて、入ってない。
よく考えてみたらそうだ。メガネを外した先生は、別になにも不便そうなことなんてなかった。
先生はイケメンだから、もしかしたら学校ではあえてメガネをかけていたのかもしれない。
きっとそうなんだろう。
一緒にいたころはそんなこと全然気づかなかったな………。
「………っ」
頭がズキズキして、額を押さえる。
ぜんぜん効かない薬にイライラさえしてしまう。
胸がムカムカして近くにあるごみ箱に向かって、薬とメガネを投げ捨てた。
ごみ箱に背を向けて公園を出ていく。
早く帰ろう。
逃げるように走って、走ったのに。
なんで、かな。
気づいたらゴミ箱に戻ってた。
そしてさっき捨てたばかりの頭痛薬と―――メガネを拾い上げた。
人の物を勝手に捨てるなんて出来ない。
やっぱり……このメガネは先生に返そう。
会わなくっても、先生のマンションの郵便受けに入れてしまえばいい。
私は公園を出て―――、公園の先を曲がったところにある、先生のマンションに向かった。







数分で、先生のマンションについた。
久しぶりに来た先生のマンション。
先生の住む階を、見上げてしまう。
いる、のかな。
一層頭痛がひどくなって、集合郵便受けのところに行った。
郵便受けに入れてしまうだけ。
それで、全部終わる。
返して、終わり。
それだけ………。
だけど、手が動かない。
私はおかしくなっちゃったんだろうか?
メガネを郵便受けに入れるだけなのに。
身体が動かないなんて。
郵便受けの前でずっと突っ立っていたら、マンションの住人に変な目で見られて、メガネを持ったままエントランスを出てしまった。
どうしよう。
なんで―――躊躇う必要があるんだろう。
ズキズキ、ざわざわ頭が胸が痛む。
訳が分からなくなったとき。
マンションの駐車場から一台のスポーツカーが出てきて、私の前を通り過ぎて行った。
ほんの一瞬だったけど助手席に綺麗な女の人が座っているのが見えた。
そして、運転席に、先生が見えた。
「………んで」
なんで、どうして。
なんで、どうして―――身体が震えるんだろう。
足ががくがくして、その場に座り込んでしまった。
頭が痛い。
胸が苦しい。
喉が熱い。
目の奥が熱い。
『結婚して継ぐらしいよ』
通りすがりの卒業生の声が耳によみがえる。
『お辞めになるなんて』
担任の声がよみがえる。
さっきの助手席の女性は、結婚相手なのかな。
一瞬でわかるくらいに綺麗な人だったから、大人な先生とはつり合いが取れるんだろうな。
私なんかと違―――………。
「……っ……」
頬が濡れていくのを感じて、手の甲で拭った。
「……涙?」
まさか、違う。
私が泣く必要なんて、泣くはずなんてない。
「………よかった。雨、だ」
ほっとした。
涙なんかじゃなかった。
単なる雨だった。
天気予報は当たってる。
あっという間に土砂降りの雨が私を打ちつけはじめてた。














頭が痛くて。
薬のせいで変に眠気があって、その場にずっと屈みこんでた。
どれくらいいたのかよくわかんない。
洋服がずっしり重いから、結構時間がたってるのかもしれない。
でも雨はずっと強いままだから、そんなにたってないのかもしれない。
どっちにしても、よくわからない。
そんな雨音が不意にちょっとだけ静まったような、響く音が大きくなったような。
音が変わった。
ボタボタと地面じゃなくって、そう―――傘に打ちつけている音がしてる。
そして私は雨に打たれてない。
「どうされましたか?」
心配そうに問う声。
少しだけ、頭の痛みが……引いた。
私はゆっくり顔を上げた。
「――――………なん」
目が、合う。
「………なに、してるんだ。………お前」
呆然とした先生が、傘を持っていた。