secret 105  Border line  

休明けの学年末テスト。
みんながいやだっていうテスト期間が私にとっては逆にすごく気が楽だった。
勉強がメインだから、ひたすら勉強してテストを受けて家に帰って勉強して。
ただ勉強に没頭すればいいから。
学校帰りは七香ちゃんたちと帰ってたけど、その中に和くんと捺くんはいない。
だけどそれはしょうがないこと。
しょうがないことだから、やっぱり私は何も考えずに勉強にしつづけた。
そして捺くんとあの日以来初めて顔を合わせたのはテスト最終日のことだった。
テストはちゃんと受けてたみたいだけど、全然会うことがなかった捺くん。
たまたま一人でトイレに行ったときに、捺くんに会った。
「「あ」」
女子トイレから出た時に、歩いてきてた人にぶつかって、それが捺くんで。
同時に声を上げて、それがおかしくってちょっとだけ笑ってしまった。
私も、捺くんも。
捺くんは小さく「久しぶり」って言った。
相変わらず可愛らしい捺くん。
だけど、以前と違って見えるのはなんでだろう。
なんだかすごく男の人に見える。
当たり前なんだけど……。
「テストできた?」
「うーん、まぁまぁかなぁ?」
「すげー。実優ちゃん頭いいんだね」
「そんなことないよ」
「オレなんてボロボロだよー」
「赤点とらないようにね?」
「うわ、ひどい!」
軽く言いあって、クスクス笑いあう。
そして―――捺くんが目を細めて私を見つめた。
「実優ちゃん」
「うん」
「オレ、しばらく……実優ちゃんから離れるね」
笑顔で、捺くんはそう言った。
「お昼も帰りも、別にする」
「………」
「この前、言ったことは本気」
ちょっとだけ苦笑して、視線を落とす捺くん。
「実優ちゃんと……好きな人の関係はみんなには祝福されないことだと思う。だけど……あのあと、実優ちゃんが幸せなら、いいっても思った」
「………ん。ほんとに、幸せなの」
私が呟くと、ため息をひとつついて捺くんはくしゃっと前髪を掻きあげる。
「そうなんだろうね。だけど、やっぱり、オレは祝福してあげれない」
哀しそうで切ない、その表情。
「………」
「だから、離れるよ」
「……うん」
「でも……オレ、友達としても……実優ちゃんのこと好きだから……そのうちまた傍に戻ってくるかもだけど」
「……うん」
「……実優ちゃん? 好きな男の前で以外、泣いちゃだめだよ?」
ふっと捺くんが笑う。
それに私は笑顔を返し、熱くなった目頭に力を込めた。溢れそうになるのを止めるために。
捺くんの手が伸びてきて、手の甲でぐいっと乱暴にまぶたを擦られた。
「……じゃあね」
そしてそのまま手をひらひらと振る。
「うん、またね」
私も手を振り返して―――捺くんと別れた。
ぎゅっと唇を噛み締めて教室に戻る。
すぐに教師がやってきて、テストが始まって、私はただひたすらそれに没頭した。










テストが全部終わって教室の中は明るくにぎやかになってる。
テスト期間中は名前順だった席も、もとの席に戻った。
七香ちゃんは大きく伸びをしながら大きなため息をつく。
「あ〜! ようやく終わった!! これで遊べる〜!」
「……そんないうほど勉強してたのかよ」
呆れたように和くんがぼそっと呟く。
「したよ!! ね〜、実優」
「う、うん」
「あ、そうだ! テスト終了祝いにカラオケでも行こうよ! みんなで!」
ごく自然に七香ちゃんは笑顔を浮かべる。
だけど″みんなで″っていう、言葉のとおりにはもう無理ってことを私は知ってるから、心の中で七香ちゃんに謝らずにはいられない。
「七香ちゃん」
「カラオケいや?」
「……捺くんは、来ないと思う」
ていうか、来ない。
そう私が言うと、七香ちゃんは一瞬キョトンとしたけどすぐに眉を寄せた。
そして隣の和くんも。
だから私は慌てて笑顔をつくる。
「あの、ね。捺くんと話してね、決めたの。少し距離を置くって」
七香ちゃんたちにとっては大事な友達のはずの捺くん。
それを私のせいで遠ざけてしまった。
「……そっか。了解」
なのに七香ちゃんは詳しいことは聞かないで、それだけ言って笑顔をくれる。
「それじゃ、女だけで行こう! あんた来なくっていいからね〜」
そしてバイバイって和くんに手を振ってる。
和くんは呆れたようにため息をつきながらも、少し笑ってた。
「実優、こいつ歌いだすとマイク離さないから、気をつけろよ」
「なに!?」
正直七香ちゃんならありそうで、吹き出しちゃう。
七香ちゃんは頬を膨らませて軽く私をにらむ。
それがおかしくって、また笑っちゃった。
「まぁ俺は………久しぶりに幼馴染とでも一緒に帰ることにすっか」
そんな私と七香ちゃんを優しい眼で見てた和くんは、ふっと廊下の方へと視線を走らせて小さく笑う。
″幼馴染″。それが、誰のことを指してるのかわかって、心が和らぐのを感じた。
誰かが傍にいてくれるのって、それだけで落ち着くと思うから。
「そうしなそうしな。振られ男同士仲良くしときな」
あははは、って七香ちゃんが大きく笑う。
「「………」」
なんていうか……七香ちゃんってほんとに怖いもの知らずっていうか。
もしかしたら、いやたぶん、わざとなのかもしれないけど。
和くんと目があって、そして2人笑ってしまった。
またいつか――――こうして捺くんとも、一緒に笑えたらいいな。
そんなことを私が願うのはおこがましいんだろうけど。
またみんなで遊べたらって、ぼんやり想った。