らぶらぶでいきましょう♪ 5

「はい、あ〜ん、してください」
「あーん」
「………」
にやけた顔の……たぶん三年生の先輩(もちろん男)に、クッキーを食べさせてあげた。
「みゆーちゃん! 俺も俺もー!」
その先輩の隣にいた同じく先輩も「あ〜ん」って口を大きく開けてくる。
引き攣りそうになるけど必死で我慢して笑顔のままクッキーを口に放り込む。
「うまーい!」
「それはよかったです。では、しつれいしまーす!」
「えええ、もう行っちゃうのー!?」
「そうだよー! もうちょっといようよ! オプション追加するしー!」
「え、あのお客様、オプションはお一人一回までとなってますので」
「いーじゃんー!」
先輩さんたちがぐいっと私の手を引っ張ってくる。
きゃっ、ってバランスを崩して先輩たちのほうに倒れかかった瞬間、腰に手が回って抱きとめられた。
すぐに立ちなおされて見ると黒スーツを着た和くんが私を後ろに下がらせて先輩たちに冷たい視線をおくってる。
「お客様。オプションは一人一回までです。それと当店はお触り禁止です。………変なことしやがったらタダですむと思うなよ……?」
途中まで丁寧だったのに、いきなり低くなる和くんの声に、空気が凍った気がした。
「………」
「………ハイ」
「………」
「では、失礼します」
うざったそうに頭を下げた和くんが私の背中を押してくれる。
「ありがとう、和くん」
「いや、仕事だし」
そっけなく言うけど、和くんの表情は優しい。
だから私も自然と笑顔になって―――。
「実優! 3番テーブル!!」
いらっしゃいませぇ♪、と響いてくる高い声のあと私にむかって叫ばれた七香ちゃんの声に、
「はいい!!」
慌てて三番テーブルに向かった。
教室の中はすごい混雑してるから休む暇なんてない。
今日は文化祭当日。
喫茶店で、でもウェイトレスを指名できて、さらには『あーんしてもらえる』とか『頭撫で撫でしてもらえる』とか『猫語で話してくれる』とかよくわかんないオプションまで設けてあるうちのクラスは開店からすっごく忙しい。
超ミニスカートのせいか男の人が多いし、やたら触られそうになるし……。
かなりきつい!
でもその対策として和くんほかに男の子たち黒スーツを着たボーイ役がいて、さっきみたいに触られそうになったり絡まれたりすると助けにきてくれるようになってる。
「いらっしゃいませ!」
笑顔笑顔で接客しながら、先生いつごろ来るんだろうって思いながら―――。
「かわいいー!コーヒー一つと、オプション『耳たぶ撫で撫で』!」
「………は…いぃ」
笑顔笑顔……。
ていうより……先生にこんなとこ見られたらすっごくヤバイような気がするんだけど大丈夫かなぁ。
内心ため息をつきながら見知らぬ男子生徒の耳たぶを触って……、変なオプションメニューをつくった羽純ちゃんをちょっとだけ恨んだりしてみた。
それから30分ほどして教室に喫茶店の宣伝のために校内をまわっていたクラスメイトの由希ちゃんが戻ってきた。
ウェイトレス姿で『2−A らぶりー喫茶店』って書かれたプラカードをもって校内1周しなくちゃならない。
交代制で由希ちゃんの次は―――私だ。
「実優ちゃん、はい、次よろしくねー」
由希ちゃんにプラカード渡されて、笑顔で頷く。
宣伝行ってきますって、みんなに言って教室出ようとしたら和くんが声をかけてきた。
「大丈夫か?」
すごく心配そうな顔してる和くん。
「うん! 校内回ってくるだけだし、平気だよ」
「……変な奴に絡まれたらすぐに逃げろよ?」
「ありがとう」
本当に和くんは優しいなぁ。
心配掛けないようにしないと!
気合を入れて教室を出て……とたんに入店待ちで並んでいたお客さんたちの視線が一斉に向けられる。
生足、とか、ミニスカ、とかひそひそ囁き合う声が聞こえてくる。
すっごく恥ずかしい。
いたたまれなくって急いでその場を離れた。
でもこの格好で歩いたらどこでも注目を浴びちゃうから、どうしようもない。
「2のAです。きてくださーい」
本当は大きな声で言って、笑顔を振りまかなきゃいけないんだけど……。
実際は特に大きくない声で、ひきつった笑顔しかできないでいた。
早く一周して教室戻ろう!
ミニスカートの丈を気にしながら、足早に校内を進んでいく。
「うっわー、かわいいー!」
「めっちゃ、俺好み」
聞こえてくる声に、勇気を振り絞って、
「お店にはたくさん可愛い子いるのできてくださいね!」
がんばってそう言ってみた。
恥ずかしいからさらに急いでそこを通り過ぎようとしたら、グイって腕を引っ張られた。
「……え?」
強い力で引きとめられてびっくりして顔をあげると、他校の生徒っぽい私服姿の高校生らしいふたりの男の子。
「ねー、俺キミがいいんだけどー」
「そうそ。いまから一緒に遊ばない?」
ニヤニヤと顔を近づけられて、咄嗟に後ずさりしようとしたけどまた腕を引っ張られた。
明るい茶髪のツンツン髪の一人が私の腰に手を回す。
もう一人の金髪に近い髪のピアスいっぱいの男の子が―――私の太腿に触れてきた。
ぞわっとして一気に鳥肌がたつ。
「む、むりですっ! ご、ごめんなさいっ。しつれいします!!」
やだ! 気持ち悪いよー!!
叫んで逃げようとするんだけど両サイド挟まれてるから身動きとれなくって、怖くて泣きそうになった。
「いーじゃん、別にー。ゆっくりおしゃべりできるところ行こうよ」
「俺、一目惚れしちゃったみたい! ねーねー、俺と付き合わないー?」
口々になんか言ってくるけど、もうどうでもいいから離してほしい。
だけど二人は私を引っ張ってどこかに連れて行こうとしてる。
まわりには人がいるけど、この二人が不良っぽいからかどうしようって顔で見てるし。
う……、私こそどうしよう!
和くんについてきてもらえばよかった!!
後悔するけど、いまさらだし。
とにかく逃げなきゃ。
「まじ可愛い震えてるし」
「虐めがいありそーだよなぁ」
腰にまわされた手がくすぐるように動いて、そしてまた太股を撫でられて―――耐えきれなくって涙が浮かんだ。
……羽純ちゃんの……ばかばかー!!
だからこんな短いスカートいやだったのにー!!
やだ、もう触んないで!
「……っ、せんせぇ……」
「えー?」
「なにぃ?」
先生、助けてって―――心の中で叫んだ瞬間。
「おい、こら」
「……へ?」
両側の二人の声じゃない、男の声。
良く知ってる、いま助けてって呼んだ人の、声。
「お前ら、どけろ」
「は? 俺ら?」
「ああ?」
背後から聞こえてきた声に、私は身を捩って振り向いた。
「せ―――………」
先生!
って、そう叫びたかったんだけど……。
待ち人来る、だったんだけど。
振り向いた先にいた―――先生を見て、ぽかんと止まってしまった。
「おい、お前ら。誰の許可を得てそいつに触ってる」
明らかに不機嫌そうな、怒ってるような低い声。
私の横の二人も固まってしまった。
「………」
「………」
「……ホスト?」
「……ヤクザ……?」
男の子たちがぼそり呟いて―――先生を取り巻くオーラが…さらに不機嫌なものになった気がする。
でもしょうがないと思う。
だって……私も思ったもん。
先生はスーツを着てるんだけど、いつもと違う。
光沢のある黒いスーツだし、インナーのシャツはパイソン柄。
衿元はボタンが三つ外されてて私があげたシルバーのネックレスと、べつにもうひとつゴツめのものをつけてる。
指輪もしてるし、髪形も…いつもと違う。
オールバックじゃないけど髪を後ろにながしてるし。
それに髪色。染めたのかな?
明るい茶髪だし、極めつけは―――サングラス。
「誰がなんだって?」
ドスの効いた声。
「「「……」」」
パッと見、ホストかチンピラなんだけど、やたらオーラがあるから……。
「やっぱヤクザ!?」
「………」
残念ながら、ヤのつく人に見えちゃう。
「あ゛ぁ!?」
言われた言葉がよっぽど不服なのか先生は唸る。
けど――明らかに逆効果ていうか助長するだけっていうか…。
「うわああ!」
「ご、ごめんなさい〜っ!」
私を掴んでた二人はものすごく顔を引き攣らせて謝ると逃げ出していった。
「「………」」
先生はサングラス越しだからはっきり目は見えないけど、仏頂面。
絡まれてた私は助かったはずなのに、先生が助けてくれたはずなのに……まわいにいる生徒たちが先生を見てひそひそ囁き合ってる。
「……せ、先生っ」
慌てて先生に歩み寄ってテカテカ光ってるスーツの袖をひっぱった。
「あ゛?」
「………」
今日の先生はものすっごく不機嫌らしい。
「あ、じゃなくて! 先生つかまっちゃうよ!!」
こーんな怪しいホストみたいなやくざみたいな格好でいたら絶対に学校の警備員さん呼ばれちゃう!
「捕まるってなんだ」
あきらかにイライラモードの先生はムッとしたように睨んでくる。
でもいつ警備員さんが来るか!って、めちゃくちゃ心配だったから気にせずに先生を引っ張った。
「もーいいから! その格好どうにかしないと捕まっちゃう、絶対!! 行こう、先生!」
「どこにだよ」
「とりあえずどこかに隠れて、先生の格好どうにかしない―――と? わわ!!!」
さっきまで全然動いてくれなかったのに、いきなり今度は先生が私の手をぐいぐい引っ張りながら歩き出した。
「先生っ?」
「隠れるんだろ? ―――二人っきりで」
早足で歩きながら先生がちらり私を振り返る。
「………」
な、なんだろう。
サングラスが光ったような気がする。
背筋に悪寒が……。
思わず黙る私を先生は引きずって校舎の外れへと連れて行った。
そして懐かしいある部屋の鍵を開けると、私をそこに押し込んで、鍵を閉めた。
「ここ……」
懐かしい部屋の匂いにぼうっとしてると、いきなり太腿に手が這ってきた。
びっくりして飛び退こうとしたらすかさず腕を掴まれて、そして壁に押し付けられた。