EXTRA GAME / Fragment 1

あっというまの1週間を経て、またやってきた週末。
先週末は智紀から依頼された文書の翻訳を終えて渡すために会えばイコール明け方までの飲みコースになってしまった。
無駄だったな、あの時間。
智紀が聞いたなら怒るだろうことを考えながら、携帯を取り出す。
シンとした高層マンションの群れの一角。
車に寄りかかり、俺は今週末を有意義に過ごすために表示させていた番号へと発信させた。
コール音が鳴りだす。
……3コール、4コール……。
「………あんのバカ、なんで出ないんだよ」
一向に出る気配がない電話。
あげくには留守番電話サービスに繋がったから即座に切る。
単に出れない状況なだけかもしれないが、なんとなく無視されたような気がするのは気のせいか。
とりあえずもう一度かけなおす。
…………5コール目でようやく電話がつながる音が小さく響いてきた。
「おいッ! 俺の電話には2コール内で出ろ!」
思わず叫んだら、向こうから呆けた声が聞こえてくる。
『……え。……先生?』
それは先週初めて抱き、今週の水曜日も昼休みにデザートとして食わせてもらった実優の声。
「当たり前だろ!」
名前出てただろうーが。
こいつまさか……。嫌な予感に眉を寄せる。
『えぇ? だってダレかわかんなかったんですもん』
「お前…、俺の名前知らなかったのか」
『松原ってことは知ってます』
そういえばフルネームを名乗っていなかったことにいまさら気づいた。
それに携帯のプロフィールは下の名前だけで登録している。
「ていうか先生……、名前なんて言うんですか? 漢字難しくて読めなかったんですけど」
「………」
確かに珍しい漢字だが―――やけに脱力感を覚える。
『先生?』
不思議そうに声をかけてくる実優に、なぜか苛ついた。
「アキト! あきと、って読むんだよ! バカ実優!」
『バカは余計ですよ! あきとですね! あとでひらがなで登録し直しておこうかな』
ひらがなだぁ?
俺の名前をひらがな登録すんじゃねーよ。
「おい…」
ちゃんと漢字で覚えておけ、と内心悪態つきながら低く呼びかける。
『はい?』
「10分でマンションから出てこい」
電話でグダグダ喋ってる場合じゃない。
12月の寒空の中で電話してる現状、コートを着てても寒いものは寒い。
『……は?』
怪訝そうな実優の声に、急がせるために脅しをかける。
「いいか! 10分だからな!? 一分でも遅れたら……覚えてろよ?」
言い終えて返事を待たずに電話を切った。
これで多少は急いで出てくるだろう。
早く用意しろよと念を送るようにマンションを見上げる。
住所は職権乱用で学校で調べてきたが、はっきりとどこの部屋か下から見てわかるはずもない。
だが視界にベランダから身を乗り出す人影が映り、目があったような気がした。
遠目だが女のよう……というか、このタイミングで顔を出すとすれば実優の可能性が高い。
ちらり時計に視線を落としてから、息を大きく吸って叫んだ。
「あと8分!」
近所迷惑だろうがしょうがない。
あの天然娘を悠長に待ってたら何分かかるかわかったもんじゃない。
知り合ってまだ3度しかあってないし、それも全部セックス絡み。
一昨日の水曜日たまたま校内で出くわして準備室に連れ込んだが、俺の嘘に安易に騙されてついてきたし。
俺が言うのもなんだがあいつは少し隙がありすぎる。
―――俺には関係ないが。
寒さに少し身震いして車に乗った。
暖房をきかせて待つこと約10分。息せき切ってマンションから出てきた実優が助手席のドアを開けた。
「乗れ」
冷たい空気が一気に流れ込んでくる。
「寒いから早くしろ!」
急かすと慌てて実優は乗り込んだ。
シートベルトをするよう指示して車を発進させた。
「……あの」
実優は困惑した様子で俺のほうを見ている。
「2分10秒の遅刻」
あえて問いかけを無視して遅れを伝えると、実優は頬を膨らませてにらんできた。
まったく迫力も怖くもないにらみ。
「…………だってしょうがないじゃないですか! 急にあと10分て言われたって無理です!」
言い分はもっともだが、またあえて無視。
素っ気ない俺の態度にだんだんとテンションが落ちていっているのがわかる。
「……あの、それでどこ行ってるんですか」
恐る恐る実優がシートベルトを握りしめながら俺の顔を覗き込んできた。
「マンション」
「……どこの?」
「俺の」
あっさり告げれば実優は呆けている。
「…………………な、なんで!?」
「なんで? 今週で仕事落ち着くっていっただろ」
一週間前にちゃんと言ったはずだ。
まさかこの俺の言葉を忘れたとかいわねーだろうな。
「なんだ、覚えてないのか」
目を潤ませて聞いてたはずだ。
軽く舌打ちをして横目に睨む。
「…サッパリ」
ごまかすように笑う実優へと一層冷ややかな視線を送る。
「準備室で初めてヤッたとき」
ちょうど信号が赤になって車を停止させる。
実優へと顔を向けて目を合わせて言えば、思いだしたらしい実優は顔を赤くした。
夜も8時過ぎ。交通量はさほど多くはない通り。
―――赤くなったその顔をもっと赤くし、欲情すればいい。
「きゃっ! ………っ…」
後ろに車はいるが構わず実優を引き寄せると唇を塞いだ。
軽く下唇を食むように噛み、開いた唇から中へと舌を侵入させる。
歯列をなぞり、裏筋をなぞりながら舌を絡める。
「っ…ふ……ぁ」
甘い声が耳朶を打ち、もっと鳴かせたくなる。
だがタイムリミットはすぐに来た。青信号になって、実優から離れ再び車を発進させた。
片手でハンドルを持ち、片手で実優の頬を撫でる。
「満足するまで抱いてやる、って言っただろ?」
2度身体を重ねて、そのたびに思ったのは一度じゃ足りないということ。
学校でヤるのもなかなかスリルがあって面白いが、なんにしろ時間が限られてしまう。
今日はなにも気にせず、ただひらすら欲にまみれさせてやりたい―――。
「満足するまで先生がヤりたいだけじゃ……」
「………」
「………」
「……あとで覚えてろよ」
決して図星を指されたからじゃない。
が、自分はたいして気のりじゃないとでも言うような口ぶりを後悔させてやる。
「…………ていうか! なんで私の住んでる所知ってたんですか?」
俺の言葉をスルーして実優は黒い空気をとりはらうように訊いてくる。
「お前のクラスの住所録見た」
「……ストーカー…?」
「………実優」
こいつは―――この俺をストーカーだと……?
これは少し調教しなけりゃいけないな。
「タダで帰れると思うなよ?」
「………」
さて、どう楽しませてもらおうか。
黙り込んでしまった実優に、まだ始まったばかりの夜をどう過ごすか考えを巡らせたのだった。