かくれんぼ ― ダーク歪み恋愛/ご注意を ―


いつの間にか、眠ってたらしい。
重い瞼を上げるとあたりはまっくらだった。
小さな窓の外は夕闇に支配されていて、月が太陽の代わりに静かに世界を照らしてる。
口元に手を当てる。
同時に欠伸がでる。
眠たさに目の端に涙が滲むと、押し殺したような女の声が聞こえてきた。
―――っん、ふ、んっ……!
またひとつ欠伸をして傾けた首を壁に預ける。
目の前の扉をそっと押せば小さな擦れる音とともに向こう側の光が漏れてくる。
「ぁ、んっ、……あ!」
そして明瞭になる喘ぎ声。
声を耐えるように口を手で覆ってデスクの上に上半身を預けている女性。
黒のタイトスカートが腰のあたりまでめくれ上がってお尻を突き出してる。
ストッキングは履いたまま。
中心だけ破られて、ショーツをずらされて、そこに激しく太くて硬いものが激しく出入りしてる。
静かな室内には腰をうちつける音や、ぐちゅぐちゅと水音がよく響く。
気持ちよさそうに喘いでる女性は場所が場所だからか、一応は少し声を我慢しているみたい。
だけど女性の身体を大きく揺さぶるくらいに激しく突きあげている―――先生は、無表情。
音楽教諭の篠原先生を後ろから犯している先生。
私の愛する佐野倉先生。
セックスしてるのに、全然気持ちよさそうな顔をしていない先生。
冷徹にしか見えない先生のその表情を見るだけで、背筋が震えてしまうくらいドキドキする。
結合部から聞こえてくる卑猥な音を聞きながら先生の横顔をじっと見つめる。
真っ黒な髪。
いつも冷たく光ってる瞳。
誰に対しても緩むことのない唇。
キレイな先生の顔。
高鳴る胸を押さえて、だけど睡魔にまた―――目を閉じた。





「遠野」
まどろみの中で先生の声を聞いていた。
冷たくて低くて私にとってはとても耳触りのいい大好きな声。
ずっと聞いていたいその声が、私の名前を呼ぶ。
「遠野」
なんの感情も見当たらない。
ただ名前を呼んでる、それだけ。
「―――……起きろ」
だけど数回繰り返したあと、ほんの少しだけさらに声が低くなった。
それはとても微妙な変化。
冷たさもほんの少し増した声に嬉しくなって私は目を開けた。
「おはようございます」
ドアのところに立っている先生に微笑む。
実際はもう夜なのだしかける言葉は違うのだろうけど、いつもこの場所で私はそう言う。
この場所―――数学準備室に隣接し、準備室からしか入れない小さな部屋。
5畳ほどの空間のここには書棚が壁に敷き詰めてある。
書棚には様々な書籍とファイルが整然と並べられている。
これはほとんど全部先生のもの。
他の数学教師がこの部屋に入ることは稀。
そしてもう夜の9時を指すこの時間に残っているのも校内では先生だけ。
毎日遅くまで残っている先生は残業をしているというわけではない。
ただ趣味なのだろう。仕事が、知識を増やすことが。
冷血、無表情、サイボーグ。
生徒たちからそう揶揄され恐れられている佐野倉先生。
「下校時刻は過ぎている。帰れ」
私にそう告げる声はやっぱり冷たい。
いつもと変わらずになにも聞かず、ただ自分が帰る時間になったからというだけで、私の存在を無視していた佐野倉先生が私を起こし、帰宅を促す。
「はい。かくれんぼしてたら寝ちゃってました」
『かくれんぼ』
それは私が先生にいつも言うセリフ。
この部屋に隠れ、先生に起こしてもらうのが私の楽しみ。
先生は私の言葉になにも反応せずにただ冷たい目をしている。
私は立ちあがると先生の前まで行き、そっと先生の胸のあたりに手を当てた。
もちろん先生は無反応。
「篠原先生、気持ちよさそうでしたね?」
表向き"付き合っている"らしい佐野倉先生と篠原先生。
だけど二人が準備室でセックスする以外接点がないのを私は知っている。
デートもなにもしたこともない、篠原先生は佐野倉先生の自宅も知らないってことも。
「でも先生、ちょっとくらい愛撫してあげなきゃ、可哀想ですよ?」
笑いがこぼれて、首を傾げ先生を見上げる。
「いつも前戯もなしに挿入しちゃうから最初痛そうですよ?」
まあでもこの準備室に篠原先生が来るということはセックスをするためだから、篠原先生もそれなりに濡れているのかもしれない。
先生との関係が始まった最初のころよりもスムーズに挿入はなされているようだから。
前戯もなにもない。
スカートをめくり、ショーツをずらし。
ただ挿れる。
それだけの、行為。
「でもいいなぁ、篠原先生」
指先で先生の胸板を上下に往復する。
「先生にあんなに激しく突かれて」
体位はいつも同じ。
後ろから、ただ律動する。
キスもなにもないその性行為はまるで事務的な作業のよう。
だけどやっぱり羨ましい。
「先生にイかせてもらえるなんて」
指を下へと下ろしていく。
ズボンのベルトのすぐ下まで。
私が潤んだ目で見つめて、こんなことを言っても先生の反応はない。
身体も。
「いいなぁ」
「―――遠野」
「はい」
「下校時間は過ぎている。帰れ」
さっき言ったまったく同じセリフを先生はまったく同じ口調で告げる。
タイムオーバー。
ゆっくりと先生から手を離した。
準備室へと踵を返す先生の後をついていく。
デスクを片付ける先生の後ろ姿を見つめながら口を開いた。
「先生―――」
さようなら、それだけ言おうとした言葉が遮られる。
ドアのノックの音で。
校舎には私たちと用務員しか残っていないはず。
もしほかにいるとすれば―――……。
「はい」
先生の無表情な返事に「失礼します」と向こう側から声をかけ入ってきたのは先生よりも少し若い男。
今年高校に入学した私と同時に高校教諭になった私の担任教師。
「佐野倉先生まだ残ってらっしゃったんですね。……って、あれ!? 遠野? お前なにしてるんだ?」
静かだった室内に響く驚きをあらわにした声。
「春野先生こそ、どうしたんですか?」
先生と違って"爽やかで明るい"と人気がある春野優士。
「え? 俺? それが小テストの採点してたら居眠りしててさぁ。気づいたらこんな時間になってて! 帰ろうとしたら、そういえば佐野倉先生残ってるかなーって思って見に来たんだ! 飯でも一緒にと思ってさ〜」
にこにこと春野は笑って先生を見て、そしてハッとしたように私に視線を戻す。
「つーか、俺よりお前だ! こんな遅くまでなにしてんだ?」
「私も―――そこの数学資料室で資料借りようとして、先生と同じで居眠りしちゃって、気づいたらこんな時間だったんです」
小さく笑みを作って返せば、生徒たちから"単純で可愛い"と言われている春野はすぐに「そっかぁ」と納得したように笑った。
「じゃあ、もう帰るんだな?」
「はい」
「うーん……。なら俺送っていくよ。もう夜遅いしな。親御さんも心配されてるだろうし」
「別にいいですけど」
「駄目だ! こんな夜遅くに変なやつにあったらどうする」
「………」
思わずため息がこぼれた。
春野はそれを気にも留めずに先生に向き直ると話しを進めていく。
「ということで俺、遠野のこと送っていきます。飯はまた今度ってことで」
先生はご飯食べに行くなんて一言も言っていない。
春野は勝手に話しを完結させると、「ほら! 帰るぞ」と私を手招いた。
先生はもうすでに私たちに背を向けている。
「先生、さようなら」
その背中に声をかけ、私は春野と準備室を後にした。





夜の校舎はシンと静まりかえっている。
春野は鼻歌を歌いながら職員専用の駐車場へと向かっていた。
私は春野の数歩後ろをついて歩く。
校舎を出るときに空を見上げると月が見え、満月だということを知った。
春野の車は年式が古い軽。
キーを開ける音が夜空に小さく響き、そして春野が私を見た。
「何分だ?」
校舎内にいたとき、先生に話していた時とは全く違う雰囲気をした春野が低い声で訊いてくる。
「15分くらい」
それを気にせずに答える。
先生がこの駐車場に来るまでの時間。
準備室の鍵を閉め職員室に行き、用務員に帰宅を告げて先生は駐車場に来る。
「ふぅん。―――りぃ」
煙草を取り出し一本口に咥えた春野―――優士が冷徹な目で笑い私の名前を呼ぶ。
遠野莉亜(りあ)。
私の名前をいつものように愛称で呼ぶ。
「ハル先生? さっそく変な奴に会ったんですけど?」
優士は生徒たちから親しみをこめて"ハル先生"と呼ばれている。
私はそれを聞くたびに、ひどく笑いたくなる。
優士は口角を上げると火をつけた煙草をくわえたまま私の手つかみ引き寄せた。
「で? どっちがいい?」
ぞっとするほど低い声に宿る冷たさは先生と同じくらいだと思う。
だけど先生とこの男の冷たさはまったく違う。
この男は―――。
「うしろ」
私は優士に言って車のボンネットの前に立ち、手をついた。
優士が私の背後に立ち、カチャカチャとベルトを外す音が聞こえてくる。
そしてスカートがめくられ。
ショーツをずらされて。
「………んっ、あっ!」
硬く熱をもった太いモノが宛がわれたと同時に私の身体に押し入った。
「ドロドロ。あいつの前でオナニーでもしてやればよかったんじぇねぇのか?」
喉を鳴らしながら優士の片手が私の後ろ髪を掴み、もう片手は腰に添えられる。
「っあ、ぁっ」
先生と喋っていたから、先生に見つめられていたから私の身体は優士に言われるまでもなく熱く火照り濡れていた。
「んっ……っは……ん」
ぐちゅぐちゅと卑猥な音が夜の駐車場に響く。
先生が篠原先生とシていたときと同じように、激しく優士に貫かれる。
打ちつけられてナカをかきまぜられて。
目を閉じたら思い出すのはセックスしていた先生の姿で。
まるで先生に犯されているような気になってくる。
「りぃ」
だけどそれを壊すように囁く優士の声に―――私の身体は勝手に反応する。
呼ばれただけ。
なのに、当たり前のように膣は収縮して優士の肉棒を締めつける。
優士は私のクラスの担任であり、私の家の隣に住む"幼馴染のお兄ちゃん"であり私を壊した男。
小学生のころ私は高校生だった優士に―――犯された。
「っああ、んっ、あっ」
優士のが奥まで突き刺さり、出ていく。
摩擦によって生まれる熱と、私の一番感じる部分を的確に突いてくるからあっという間になにも考えられなくなる。
ただ愛液を垂れ流し、快感を受け入れるだけ。
「淫乱」
笑いながら優士が私の腕を引っ張る。
立ちバックの状態で下から突き上げられて、絶頂はもう目の前。
薄く開いた目に月が映る。
だけど映るだけで、すべては快感に支配されていて。
身にしみついた優士の煙草の匂いと煙と、私を知りつくし犯す肉棒の動き。
そして感じる―――優士ではない、どこからかの視線に、身体が激しく震えだす。
「っああ、イクっ!! イっちゃう!」
イく瞬間は、いつも自分を抑えきれなくなる。
半狂乱に叫びながら絶頂に達した。
直後優士の小さな呻きとともに膣内に吐き出される熱い欲望のしるし。
それを奥に受けながらビクビクと小刻みに私は震え続けた。
すべてを出し切るように強く腰を押し付けてくる優士にもたれかかりながら、快感でぼやける意識の端で……感じていた。
視線が、なくなったことを。








「すみません、保健室に行きます」
翌日の五時間目、教卓の前に立つ"ハル先生"に私は言った。
行っていいですか、ではなく、行きます。
「どうした? 顔色悪いな」
心配そうな表情を作った優士はしらじらしくも「保健委員……」と言いかける。
だからそれを遮り「一人で大丈夫です」と告げ、教室を出た。
授業中のせいで静かな廊下を歩き向かう先は保健室ではなく数学準備室。
ドアノブを回すが開くことはなかった。
室内に誰もいないことを確認し、ポケットから鍵を取り出す。
生徒が持っているはずのないこの準備室の鍵。
勝手に作った合鍵でいつも室内に滑り込む。
内側から鍵を閉めてから隣室の資料室に入った。
すぐに壁に背をつけ床に座り込む。
そしてそれをまるで見計らったように―――私の膣内で振動が強まる。
「……っ、ん」
ナカに埋め込まれてるのはバイブほどの太さはないものの大きめのローター。
遠隔タイプのそれを入れたのは言うまでもなく優士。
朝から入っているそれはずっと振動しているわけではなく1時間振動することがなければ、ときおり激しく動き出していた。
だけれどお昼休みを境に動き続けている。
「……っあ、ん、っ」
ずるずると床へと倒れ込む。
ひんやりした床の冷たさに少し安堵する。
その間にもローターの振動は強まって。
私は一番感じる部分に当たるように足を擦り合わせ、意識して膣内を収縮させる。
「……ン……っ」
体中に蔓延する快感に浸っていると、ドア越しに隣室のドアが開く音が聞こえてきた。
この時間、授業がない数学教師はただ一人。
コツコツと足音が響いて、そして資料室の前で止まる。
その気配を感じて、それだけで私は絶頂に追いやられそうになってしまう。
耐えきれず嬌声を上げそうになるのを口に手を当てて我慢した。
「……んん…っ」
それでも口の端から漏れてしまう声を歯を食いしばって耐える。
この姿を見られるのが嫌なわけではない。
先生にならどんな姿だって見られて構わない。
ただ―――まだ早い時間だから。
いま見つかったら先生は出ていけと言うだろう。
だから、見つかりたくない。
壁一枚隔てていても先生のそばに少しでも長くいたいから。
だから―――まだ見つけないで。
いつものように。
いつものように、冷たい声で私の名を呼ぶのはまだあとがいい。
かくれんぼは始まったばかりだから。
「……っぁ……!!」
ヴーンと微かに自分のナカから響く振動音を感じながら。
足の付け根から広がる痙攣に全身を激しく震わせて、私は絶頂に達した。
そしてまたそれを見計らったようにローターは止まり、そしてまたドアの向こうで足音がしはじめ直後イスの軋む音がした。
私はそれを聞きながらほっと目を閉じた。
先生に見つけてもらうまで、ずっと。






『遠野』





愛する先生がこの部屋のドアを開き、私の名前を呼ぶまで―――ずっと。