#06 ファーストキス -2-


ランチはとっても美味しかった。
ワンプレートランチに結構ボリュームあって、クリームコロッケに海老フライ、ミニハンバーグとピラフにサラダ。
スープもついていて、サービスでつけてもらったデザートは私が好きなケーキ屋さんと並ぶくらいに美味しくて頬は緩みっぱなしだった。
「すごく美味しい」
マンゴープリンとアイス、フルーツが乗ったデザートプレートを食べながら頬を押さえる。
晄人はデザートはなしでコーヒーを飲みながら、ずっとにやけてしまっている私を見て笑っている。
「そういえば、もうすぐ夏休みだな」
「そうだね」
もうあと1週間もすれば学校は終わって夏休みが来るんだ。
当たり前のことなのに、晄人と付き合い始めたことですっかり忘れてた。
「夏休みはどう過ごすんだ?」
「……普通に」
晄人の質問の答えになってないってわかっているけど、ぼそっとそう答える。
これといって夏休みの予定はなくって、勉強したりなっちゃんや他の友達と遊んで終わるごく普通の夏休み……だと思う。
「普通ってなんだよ」
笑う晄人に、ちょっと恥ずかしくなって視線をそらせてアイスを口に運んだ。
「普通に宿題したり、友達と遊んだり……」
「ふーん? 宿題と友達と遊ぶので夏休みは潰れるんだ?」
「………」
なんだか意地悪な言い方の晄人。
でも実際その通りだからなにも言えずにいると晄人が私と視線を合わせてきた。
「俺はバイト」
「え? バイト? なんの?」
「ファミレス」
「ええ? 晄人が?」
「なんか悪いか?」
意外すぎて思わず声を大きくしてしまうと、晄人は不服そうに軽くにらんでくる。
「……悪くないけど、晄人がウェイターなんて……」
にこやかに接客している姿を想像してみて―――似合わないという以前に、そのお店人気出過ぎることになっちゃうんじゃないかなって心配になった。
だってこんなカッコイイ人が働いているお店あったら私なら通うかもしれない。
「なんだよ、俺がウェイターなんて似合わないとでもいうつもりか?」
「そ、そうじゃないけど……」
「なら?」
さらにつっこんで訊いてくるから、思ったことをそのまま伝えた。
そうしたら、なぜか一瞬晄人は目を丸くして、そして口を押さえて笑いだした。
どこに笑うツボがあったのかわからなくって戸惑うしかできない。
なにか変なことを言ったのだろうか?
笑い続けてる晄人に私は自分がさっき考えたことをもう一度考えてみて―――やっぱりそのお店は人気がでるはずと思った。
「……お前って」
晄人は目じりに浮かんだ涙をぬぐいながら笑いを静めるようにしてコーヒーを一飲みする。
そして私を見て、柔らかく目を細めた。
「可愛いんだな」
「………」
突然言われた言葉に、意味がわからないまま私は一気に顔が熱くなるのを感じた。
「な、な……に」
どういう流れで私が可愛いとかなるんだろう。
疑問だけどとにかく恥ずかしくって俯くと、またさらに笑われた。
「なんで笑うの!」
「別にー」
飄々と返事をする晄人は答えてくる気はないみたいで、「それで」と話しを変えてきた。
「陽菜の夏休みの予定はほんとーにそれだけ?」
コーヒーカップを持って、カップ越しに見つめてくる。
「えっと……」
私の夏休みの予定。
どうしてそんなこと訊き返すんだろう?
「………そうだけど」
晄人みたいにバイトの予定も夏期講習を受けるとか、そういうのは全然ない夏休み。
やっぱりだらだらと過ごして終わりそうな夏休み。
「ほぼ毎日ひま」
「……うん」
そのままずばり言われるとなんだか少し寂しいというか凹むというか…。
「じゃー、海でも行くか。そういや夏祭りとかもあるし、ベタに行っておく?」
だけど晄人が続けた言葉にきょとんとしてしまった。
海、夏祭り。
夏休みならではのイベント。
「え。私と晄人が?」
行きたい。
でもびっくりして思わず訊き返してしまった。
「ほかに誰と行くんだよ」
少し呆れたように晄人は笑った。
「行きたくない? 彼女の陽菜チャン?」
からかうように私に視線が向けられる。
"彼女"。
そうなんだけど、当たり前を当たり前のように言ってくれるのが嬉しくて恥ずかしい。
ばかみたいに顔が熱くなるのを感じて、それを隠すようにデザートプレートに視線を落とした。
こんなことで照れてる場合じゃないし、ちゃんと返事をしなきゃ。
プレートの中の小さいカップにはいってるアイスが溶けかけていて慌ててスプーンですくいながら、
「行きたい」
って小さく呟いた。
溶けかけのアイスは口の中ですぐなくなって甘さだけを残していく。
でも甘さは口の中だけではなくて胸の辺りにも広がっていて、いまさらなのにドキドキが強くなっていた。
「了解。俺のバイトのシフトわかったら、計画立てよう」
「うん」
夏休みに晄人と一緒に出かけられる。
それだけで胸がはずんで、嬉しすぎて苦しくなってしまう。
私から言った無理やりな恋人関係なのにこうしてちゃんと私のことを考えてくれる晄人がやっぱり好きだって思った。






それからデザートも食べ終えてお店を後にした。
帰り際にはアキくんが見送ってくれて、お土産にクッキーまでくれてものすごく嬉しくて顔が緩みっぱなしだった。
「また来たいな」
涼しかった店内から暑い日差しの中、蒸し暑さと眩しささえ爽やかに感じるくらいにテンションが上がっている。
「いつでもくればいいだろ?」
なんでもないことのように言ってくれる晄人に、私も素直に頷く。
「……また一緒に行こうね」
恥ずかしかったけど勇気を出してそう言うと、晄人は当たり前のように「ああ」って頷いてくれた。
そうしてちょうどいい時間になって映画館に入った。
日曜日だから人が多くて、ジュースを買うのにも時間が結構かかる。
晄人はやっぱり目立って若い子だけじゃなくってOLさんのような女性からも視線を向けられていた。
そして私にも当然視線が映って、ふうん、みたいな顔をされる。
晄人と私が釣り合っていないことは最初からわかってるから、平気。
それに晄人はすごく優しくて、並んでいる間も会話が絶えることはなくってずっと楽しくてしかたがなかった。
ジュースとポップコーンを当たり前のようにおごってくる晄人にはちょっと困ったけど。
ランチもおごってもらったし、私はまだ高校生だから割り勘でいいって言ったけれど晄人はお金を受け取ってくらなかった。
かわりに映画のあとアイスでもおごって、と晄人が言って妥協することにした。
「映画に来るの久しぶり」
席について、ストローをくわえながら晄人が呟く。
「私も久しぶりかも」
「いつもレンタルで済ませるからな」
「晄人も借りたりするんだ?」
「そりゃするだろ」
「そうだよね」
「今度はなんか借りて見るか」
「……晄人の家で?」
喋っているうちに照明が少し落ちて、スクリーンには予告編が流れはじめていた。
自動的に私の声も―――ううん、少し緊張して小さくなってしまう。
だけどちゃんと晄人には聞こえてたみたいで私の耳元に口を寄せてきた。
「俺んちでも陽菜の家でもどっちでも」
「………」
どっちがいいんだろう。
私の家でもいいけど、お母さんやお姉ちゃんに紹介するのはまだ気恥ずかしいし。
でも晄人の家に行って紹介されるのも気恥ずかしいし。
両方の状況を想像して少し焦る私に、晄人が吹き出していた。
「んな真剣に悩むか? ま、そのうちな」
からかうように私を見つめる晄人に顔を赤くなる。
「あ、俺、あれ見たいんだよな」
だけどすぐに晄人が予告編のひとつを指さして話しかけてきたから、頷いて私もスクリーンに目を向けて本編が始まるまで囁く程度の小声で会話をしていた。