#04 友達のライン

その日は、なんだか朝から浮ついてるような気がした。
もしかしたらそれは私自身のこころのせいかもしれないけど。でも教室のどこかで聞こえてくる「……プレゼント」という言葉が意味するのが私が考えているのと同じなら、私以外の一人か二人か浮き足立っていることに間違いはないと思う。
今日は、七夕。
松原晄人の誕生日。
ファンクラブがあるくらいだから、きっといろんな子が彼にプレゼントを渡そうと緊張しているんだろう。
「陽菜」
ぼうっとクラスの女の子たちの様子を窺ってた私はそばにきたなっちゃんに声をかけられるまで気づかなかった。
もう一度「陽菜?」と呼びかけられて我に返った。
「あ……ごめん。なに?」
授業と授業の間の休み時間。いつもなっちゃんと一緒にいるから『なに』もなにもないんだけど。
そんな私になっちゃんは苦笑して「トイレに行こう」って歩き出した。
もちろん頷いてなっちゃんの隣に並んでトイレに行く。
「なーんだか騒がしいね」
廊下から隣のクラスや歩いている子たちを眺めながらなっちゃんが笑う。
「休み時間だしね」
「そうじゃなくて。ドキドキしてそうな子が今日は多そう。陽菜みたいに」
からかうようになっちゃんが私を見てくる。
その視線が痛くってちょっとだけ顔を背けて、「別に」って呟いた。
「もう結構渡してる子もいるんじゃないの。プレゼント」
だけどやっぱりなっちゃんはまだからかうような眼差しを私に向け続けてる。
「……そうだね」
「陽菜はいつ渡すの?」
「………」
彼の誕生日が迫ってると知った一週間前。彼とはもう距離が縮まることもないって思ってたのに。
西宮さんからも『忠告』されたのに、日曜日なっちゃんと買い物に出かけたとき私はつい買ってしまっていた。
彼へのプレゼントを……。
「渡さないよ」
「買ったのに? もったいない」
「買っただけで満足なの」
それは本当の気持ちでもある。彼への誕生日プレゼントを選んで買うのはすごくドキドキして楽しかった。
でも―――それを渡すとなると話は別。
「せっかくだから渡せばいいのに」
彼のことをあんまり良く思ってなかったっぽいのに、なっちゃんは私の気持ちを知ってから否定することなく応援してくれている。
「………でも」
結局渡す勇気がない―――、って答えかけながらトイレのドアを開けた瞬間、見知らぬ女子たちの話声が聞こえてきた。
「やっぱり今年もダメだって。松原くん、プレゼント受け取ってくれないって」
渡すつもりなんて、ないって自分で言ったばかりなのに。
正直落胆している自分がいた。
メイクを整えながら話している女の子たち3人組。
「去年もダメだったもんねー」
「もう靴箱の中に入れとく?」
「それでもあれでしょ? 全部袋にいれられて学校側に没収されちゃうんでしょ?」
「やだー!」
大きな声で喋ってる女の子たちを横目にトイレに入る。
ドアを挟んでからもその子たちの話は聞こえていて、結局玉砕覚悟でも直接渡してみるということで話は終結したみたいだった。
個室から出るとちょうどその子たちがトイレから出ていくところだった。
蛇口をひねったところでなっちゃんも出てきて、手を洗いながらちらり私を見てくる。
その視線の意味はわかるから冷たい水に手をさらしながら少しだけ苦笑して見せた。
「プレゼント、無理みたいだね」
去年の彼の誕生日がどうだったのか、私は知らない。
騒がしかったのは覚えてるけど、今よりももっと彼の存在は縁遠いものだったから。
「まぁ……でもさっきの子たちみたいに玉砕覚悟で渡してもいいんじゃないの? 告白プラスで」
キュッと蛇口を締める音が響いてくる。隣のなっちゃんにならって私も水を止めハンカチで手をふいた。
なっちゃんはポーチからリップを取り出して塗りながら、
「これからずっと片思いしていくよりも、はっきりさせたほうがいいんじゃない?」
さらりと言ってくる。
「……ん」
「相手が相手だし噂話を聞くたびに辛くなるより、玉砕して新しい恋探したほうが健全じゃない? それにもし上手くいったらラッキーって感じだし」
サバサバした性格のなっちゃんらしい助言。
なっちゃんの言うとおりだと思う。でもまだ彼に恋をしだしてほんの数週間。
もどかしくても苦しくても、もう少し彼を見ていたいって思ってしまう。
たぶん告白して玉砕しても―――見続けてしまうんだろうけど。
「まーほんとせっかくプレゼント買ったんだから、告白はともかく渡すだけ渡してみれば?」
私の躊躇いを見透かすようになっちゃんは軽くメイク直しをすると私のすぐそばに歩み寄った。
「ふたつ買ったんだし? 私、あれなら受け取ってくれるような気がするけどね」
さんざん悩みながら買ったプレゼントは革製のパスケース。あまり色気がないような気がしたけど、彼女でもないたんなる知り合いでしかない私が香水なんかをあげるのも変だから、値段が手ごろだったパスケースを見つけてそれにした。
そして買い物の帰り道に立ち寄ったコンビニでたまたま見つけた―――お菓子を、ひとつ買ってみた。
「……お菓子、だし?」
「そうそう、お菓子だから」
笑いながらなっちゃんは言って、私の唇に色のついたリップグロスを塗ってくれた。
「誕生日、なんでもいいから渡せて祝えた方が嬉しくない?」
首を傾げるなっちゃんは『がんばれ』っていうように私の背を叩く。
私は正面の鏡を見つめ、少ししてからなっちゃんに笑顔を向けた。
「そうだね」
プレゼントや、告白がどうのこうのよりも―――誕生日おめでとうって彼に直接言いたい。
そう心から思った。





***





彼に会いたいって思ったけど、それが難しいことに気づいたのは昼休みだった。
なっちゃんと一緒に彼のクラスへと足を運んでみたら女の子たちのグループが何組かいた。
多分というか彼目当てっていうのは明らか。
手にプレゼントを持ってるし。
だけど教室に彼はいないみたいで、女の子たちはがっかりしたり、これからどうするかとか話してるみたいだった。
「それにしてもほんとモテるんだね」
呆れたような眼差しでなっちゃんがたむろっている女の子たちを見ている。
「……うん」
「これだけ騒がれてたら松原くんも大変だねぇ」
「……なっちゃん、戻ろっか」
直接おめでとうって、それだけでも言いたい。
なんて思っていた気持ちは、簡単に吹き飛ばされてしまう。
言いたいけど、でもそれを伝えるだけでも困難なんだ。
せめて同じクラスだったらな。
「まだ放課後もあるよ」
慰めるように励ますようになっちゃんが明るく笑ってくれるから、私も笑って頷いた。
だけどちょうど教室に戻るとクラスメイトが話しているのが聞こえてきて、今日はもう会えないって核心した。
―――プレゼントを受け取らないために彼は授業以外休み時間のたびどこかに隠れているらしい。
「ほんと……大変なんだねぇ」
なっちゃんがまた呟いていた。
せっかくの誕生日に騒がれて、教室にも居られない松原晄人。
そんな彼にお祝いの言葉の一つもかけられない私は、その他大勢のひとりなんだって改めて感じた。
自分の席につくと鞄をあけて、用意していたプレゼントを覗きこむ。
渡せなかったとしても、買ったっていう上げようとしたっていう記念にはなるのかな。
落胆する気持ちを誤魔化すようにポジティブ思考してみたけど、やっぱり切なかった。
そのあと彼に会えないまま放課後を迎えた。
「帰ろっかー」
なっちゃんが私のそばに鞄片手にやってくる。
「うん」
きっと彼はいないだろう。休み時間のたびにどこか行ってしまってるのなら放課後だってすぐに帰ってしまうはず。
「……D組、通っていい?」
それでもちょっと可能性があれば、なんて最後のあがきをしてしまう。
少し恥ずかしくって視線を下に向けて鞄持つと、なっちゃんの苦笑する声がしてきた。
「もちろんいいよ。いればいいけどねぇ」
「……ん」
たぶんいないだろうけど。
なっちゃんと並んで教室を出る。本当ならD組の手前に階段があるからそこを降りて行くけど、今日は遠回り。
いればいいな。
なっちゃんと喋りながらD組の前を通って、必死で彼の姿を通り過ぎる間に確認しようとしたけど、やっぱりいなかった。
「いなかったね」
「うん……」
D組の前には彼目当ての子たちがいて、「渡せなかったぁ!」という叫び声が廊下に響いていた。
みんな渡せなかったのなら、しょうがない―――そう少しだけ安心できた。
パスケースは記念に取っておこう。
お菓子は……食べてしまおう。
鞄の中にあるプレゼントのことを考えていたら、不意に声がかかった。