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いつかネタにしたい本当の話
日時: 2011/07/22 21:25:11
名前: ケロンパ
参照: http://www001.upp.so-net.ne.jp/bolifushi/syousetu-menu.html

現実は小説よりも奇なり。

アジアの片隅に歌の得意な少年がいました。
彼はお母さんが喜ぶからと、よく田舎町が主催する喉自慢に出ていました。
本当はすごく恥ずかしかったけど、お母さんが嬉しそうなので少年は舞台に上がった。
フィリピンの裕福ではない家庭。
だけど仕立て屋を営んでいたので、晴れ舞台には必ずお母さんが服を作ってくれた。
ある日お母さんは病気になった。
医療が発達していない国。たいした病ではないはずなのに、大好きなお母さんは助からなかった。
少年の家は離散した。彼は住むとこさえなく、公園に寝泊りし、食べ物さえ拾うような日々。
でも決して諦めなかった事、それは歌うこと。
ただそれだけが彼の生きる希望、それを教えてくれたお母さんを忘れないように…彼は歌い続けた。
大人になり酒場の片隅で、往年のロックスターの曲を歌う。客の喧騒の隙間に流れるジュークボックス代わり。でも歌が歌える。好きな歌が。

「ユーチューブで君の歌声を聞いた。ウチのボーカルになってくれないか」

唐突に届いたメール。いつも彼が好んで歌っていたバンドの名でそれは届いた。
悪い冗談だと思った。相手にしてなどいられない。
でも友人が真剣な顔でこう忠告する。
「本当だったら信じられないビッグチャンスだ」
そんなことあるわけがない。あるわけがないじゃないか。
40歳。少年は夢を見るには既に若くはない年になっていた。
青春時代、擦り切れるほど聞いたレコード。
憧れ、このバンドのボーカリストそっくりに歌い上げる術を身につけていた。
そのボーカルは既にバンドからは去っていたが、ファンは皆いまだにあの歌声を求めている。
そんなことは同じファンなのだからわかってはいる…だけど…まさか。

意を決して飛行機に乗り込む。入国の審査員に渡米の目的を聞かれた。
「ジャーニーのボーカルになるために」彼は答えた。
入国審査員はジャーニーのファンだった。
「じゃあ、一曲歌ってみな」 きっと冗談のつもりだった。
でも彼は躊躇せずに歌った。空港に響く歌声に周りの皆が何事かと視線を集める。

酔っ払いが集う場末のバーで歌っていたのはほんの数ヶ月前。
今、彼、アーネル・ピネダは数万人の聴衆を前にマイクを握る。
本物のジャーニーのメンバーの奏でる音に囲まれて。
曲は「Dont stop believin 」信じることを諦めるな。
擦り切れるほどに聴いた、あのレコードの曲を…


★ジャーニーといえばやはりまずはこの名曲「Separate ways」。
アーネルの迫力あるボーカルを堪能ください。
大スター、ペリーに勝らずとも劣らない歌声をごらんあれ。
http://www.youtube.com/watch?v=Lk0-Jk3S6P0

★同じ曲をジャーニーに抜擢される前のアーネルがフィリピンの小さなバーで歌っています。
これらユーチューブの映像をジャーニーのメンバーであるニール・ショーンが偶然目にする。
http://www.youtube.com/watch?v=3GhrafDAaDA&feature=related

いつかこれを題材に小説を書きたい。
アメリカの大物バンドが実力重視でアジア人を抜擢した壁のなさにも拍手!
既に『あの昔のバンド』と言われたジャーニーはアーネルを迎え発売したCD『Revelation』で全米のヒットチャートを駆け抜けた。
メンバーはこう口にする
『アーネルは俺達にとって、足りなかったパズルの1枚だ』

ちょっと話は飛んでしまいましたが、こんな風に小説にしたいと思わせる現実の話があったら聞きたいな〜
なんて思った次第です。
誰かバトンをタッチしてくださいな。
メンテ

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Re: いつかネタにしたい本当の話 ( No.1 )
日時: 2011/08/18 16:34:47
名前: 谷地田ヴァル
参照: http://hadukipiper.blog42.fc2.com/

本当に事実は小説より奇なり。

ケロンパさんのお題を見ていろいろ考えたのだけど、アーネルのエピソードほど美しいものはなかなか思いつかないです。
宿題にさせてください。

実際のところ、小説にしたら陳腐でタイクツになってしまう奇態で醜いエピソードなら、そのへんにゴロゴロ落ちているんですけどね。
メンテ
Re: いつかネタにしたい本当の話 ( No.2 )
日時: 2012/01/01 03:18:57
名前: 木口アキノ

以前、mixi日記にも書いたお話。
仕事上、死者に関わることもたまにあるのですがね。
5歳の男の子が亡くなったのですよ。
その子は生まれつきの障害で、動くこともできず、ずっと自宅のベッドの上で呼吸器やいろんなチューブに繋がれたまま。
その男の子の検死をしたお医者さん。
「お母さん、本当であればこの子は3歳までも生きられなかった身体だ。それが5歳まで生きられたのは、ひとえに、お母さん、あなたの努力だ」
と。

なんかもう、このお母さんのものすごい愛情を感じました。
子供を産む前に聞いた話だけれど、子供を産んでから、さらに私の中で大きな存在となったエピソード。

うん、小説にするにはちょっと難しいかもしれない。盛り上げどころがないもんな。
でも、今子供を育てている人や、これから子供を育てる人に、是非知って欲しいエピソードだな、と思っています。
メンテ

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